こちらはBLの妄想小説になります。
苦手な方は御遠慮ください。
****************
【side 潤】
登校すると俺はまず、校舎三階の窓から見える職員用の駐車場を確認する。
……良かった、今日も来てる。
一番端のスペースに停められたSUV、それが先生の車。
誰か乗せたりしてるのかな…あの車の、助手席に。なんて、もはや毎朝同じことを考えて落ち込むまでセットで日課になっていた。
雅紀の言葉をきっかけに闘争心に火がついてから数日。
焦る気持ちとは裏腹に未だ何も行動に移せずにいる俺は、他の生徒が先生に無邪気に話しかけるのを見れば見るほど焦燥と苛立ちが強くなり、口から出るのは溜息ばかりだった。
なんでもいい。
先生と、話がしたい。
「今からこの前やったテストを返します」
先生の声に定番のようにクラス内がざわつく。
そんなクラスメイトたちに対し飽きもせずに毎回よくもと思いながら、俺はまた溜息をついた。
三時限目、政治経済。
俺はこの時間が好きだ。
勿論、政治にも経済にも何の興味もない。
興味があるのは教壇に立つあの人だけ。
先生が何か説明しているのに、周りの奴らの声でほとんど聞こえない。
こういう時に“先生、周りが煩くて聞こえません。もう一度お願いします”なんて言えば、こいつは真面目な奴だと思ってもらえるだろうか。
もしくは“周りのせいで分からなかったので後で聞きに行ってもいいですか?”なら、二人きりで話ができるかもしれない。
「翔ちゃんの声、全然聞こえませーん」
特徴的な声が教室に響いた。
その声に釣られるように、ざわついていた教室が静かになる。
振り返ると一番後ろの席に座っている雅紀が先生に手を振っていた。
さっきまで真顔で喋っていた先生が、雅紀のほうを見て軽く微笑んだように見えた。
──先生の笑顔は本当に綺麗だ。
だけど、その笑顔は一瞬だけ。すぐまた真顔に戻ってふうっと大きく息を吐いた先生がクラスを見渡しながら、
「必要な話かそうじゃないかは、聞いてからしか判断できません。こんなこと、高三のお前たちにわざわざ言わなくてもわかるよな?」
と普段より幾分低い声音で、だけど優しくそう言った。
先生がテストの返却を始め、その間再び雑談の空気に包まれる教室で俺だけが馬鹿みたいに落ち込んでいる気がした。
さっきの、雅紀に向けた笑顔。
俺が欲しいものをああやってあいつは簡単に手にしていく。
そもそもとんでもなく開いている俺と雅紀の差は、俺がただあれこれ考えている間にどんどんどんどん開いていく。
「松本」
不意に名前を呼ばれた。
「…?っ、…はい」
沈み込み過ぎて自分の順番が来たことにも気づかなかった。
名前を呼ばれる瞬間さえも好きなのに、意識が飛んでたなんて……損した気分だ。
慌てて立ち上がり、先生の手から自分の答案用紙を受け取る。
近づくと、先生からはいい香りがした。
思わずどきっとしてしまう。
もういっそ、俺の気持ちも香りのように黙っていても先生に伝われば良いのに。
「ごちそーさん」
不意に先生が小さな声でそう言った。
驚いて顔を上げると、悪戯っぽく笑う先生と目が合った。
ごちそうさんって、なんだ?という疑問は一瞬浮かんですぐに流れた。
先生、こんな顔するんだ。
俺よりずっと年上なのに、可愛い、なんて思ってしまった。
目の前の先生に心を奪われて。
多分俺はまた間抜けな顔をしていたんだと思う。
「それ、俺の大好物」
と、さっきより楽しそうに先生が笑った。
テストの採点をするのが先生なのは分かっていた。
だから本当は、何かメッセージを書きたかった。
だけど何を書けばいいのかわからなくて、気付いたら雅紀から聞いた先生の好物の絵を描いていた。
何やってんだと自分に呆れて、すぐに消してしまおうと思った。だけど丁度そのタイミングでテスト終了のタイマーが鳴り、結果そのまま提出したのだった。
あんなのを先生に見られるなんてと思っていたけど、結果、描いておいてよかった。
席に戻った俺は、手元に戻ってきたオムライスを眺めて、思わずニヤつきそうな顔をひたすら我慢するのに苦労した。
マジかー…
あの人可愛すぎる……。
耐えきれなくなって思わず両手で顔を覆うと、当の本人から名前を呼ばれ、具合でも悪いのか?と聞かれてしまった。今は話しかけないで欲しかった、多分色々と声に出てしまう。
精一杯平静を装って大丈夫ですとだけ答えたけど、多分どうみても半笑いになってしまってちょっと怪しかった気がする。
俺の描いたオムライス。
そこに採点に使った赤ペンで加筆されたイラスト。
どうやら俺の描いた大好物を食べてくれている先生自身と思われる人物の絵。似ても似つかないけど。
あの人の画力小学生かよ……。
いつもはずっと終わらないでくれと願う授業がやっと終り、拷問にすら感じる時間から解放された後もずっと謎の動悸が収まらなかった。
散々ついていたそれとは全く別の大きな溜息を漏らして、俺は机に突っ伏した。
──ダメだ、先生が可愛すぎる。