こちらはBLの妄想小説になります。

苦手な方は御遠慮ください。



















先生。
覚えてますか。

あの時、貴方が俺に言ったこと。



──なんでもいいよ、俺にできることなら。



貴方の言葉に浮かれそうになりながら俺は、そこに張られている卑怯な予防線にも気付いてしまった。


だから俺、考えたんだ。

精一杯考えたんだよ、先生。











***【side 潤】






「あ、俺……今月誕生日じゃん」


「え、なに、お前自分の誕生日忘れてたの?」


んー、と小さく唸りながら手に持っていた焼きそばパンを口に放り込んだ雅紀が、手をはたきながら首を横に振った。


「いや、覚えてたよ、もちろん。俺誕生日毎年楽しみにしてるもん」


「ガキかよ」


「松潤は?」


「……なにが?」


立ち上がった雅紀が俺を振り返る。


「松潤は、翔ちゃんから何か貰ったの?」






***




今年四月、俺は高校三年生になった。


だけど何も変わらない。

似たような教室、似たような顔ぶれ。

取り分け浮かれるものでもなく、あと一年でやっと卒業だくらいに思っていた。


最後の高校生活を無難に終わらせる。

俺にとってこの一年はただ日々をこなすだけのもの。


そう思っていた。


その初日、颯爽と教室の入り口から入ってきたその人に出会うまでは。


「はーい、みんな席ついて」


目の前を横切った少し低めの柔らかい声と共に、ふわりと微かに甘い香りが鼻先を掠めた。
その声に促されて生徒たちが自分の席に戻っていく。

「えー…今年一年、みんなと一緒に勉強することになりました。担任の櫻井翔です」

よろしく、とその人は軽く結んだ口の端をきゅっと上げて微笑んだ。
声と同じく、柔らかくてふわりとした笑顔だった。
途端に教室のあちこちから女の子たちの声が小さく沸いたけど、それも当然だと思った。


きっとあの時、俺は生まれて初めて人に見惚れたんだ。今まで見たどんな人間より、綺麗だと思った。


若く見える彼は、終始慣れた様子で俺を含む生徒一人一人を満遍なく見渡しその目を見つめながら、穏やかな口調で時に笑いを交えながら挨拶を終えた。
俺以外のクラスメイトが彼のことをどう思ったのか割と容易く想像はできたが、きっとこの時にはもう俺は教室にいる誰よりも彼のことを意識していたと思う。
まともに彼の目を見れないくらいに、鼓動が高鳴って仕方なかった。



それからは、事あるごとになんとか彼──櫻井先生に近づけないかということばかりに思考を巡らせるようになった。
だけどそのくせ、先生の姿が視界に入ると急に恥ずかしくなってまともに直視することすらできない。
表情を読まれるのも怖くてずっと授業中に頬杖をつくようにして口元を隠していたら、ある時、


「松本、おまえいつも姿勢悪いよ」


と不意打ちで名前を呼ばれた。
それが先生が直に俺に話しかけた最初の一声だった。
彼の意識が自分にあるのを感じて、唐突に焦った。多分、「え」とか「あ」とか変な声も出ていたかもしれない。


「松本って不良なの?」


あまり覚えてないけど、先生は少し楽しそうだった。

彼の視線が、声が、自分に向けられたことが嬉しかった。
“いつも”ってことは、ずっと見られてたのかな、なんて思ったりもした。
ちょっと考えれば生徒を観察することなんて担任からしたら当たり前のことなのに、なんだか自分が先生にとって特別な存在になったような気持ちにすらなって。

自分がこんなに単純で馬鹿な人間だったのかと驚きながら、それでもなんとなく毎日が楽しかった。