3年前のあの日、私は埼玉県三郷のIKEAで、これから
大学生になる娘の家具類を探していました
旦那と娘と、ちょっと休憩しようかとしたその瞬間、身体
が上下左右に揺れて、何が起きたのか分からず呆然と
していたら、旦那に腕を引っ張られて、気が付いたら娘
と3人で必死にテーブルの下で身を縮めてました
今まで経験したことのない揺れが何度も何度も続いて
長くて怖くて1人だったら耐えられなかったかもしれない
しばらくして、駅前の空き地に避難するよう誘導されて、
ワンセグから流れる情報でとんでもない事が起きたのを
知ったのです
寒空の下、余震の恐怖にも怯えながら、車を出庫する
まで3時間待ちました
ようやく帰路につけたけれど、宿泊していた東京ドーム
ホテルから朝は40分で来たのに、高速道路は閉鎖され
ナビを見るとすべての道路が渋滞で真っ赤になっていて
絶句しました
何とかホテルに着いた時には日付がもう変わっていて、
しかも、ロビーや廊下に帰宅出来ない人が寝ていて、
余震が来るたびに怖くて眠れない長い夜でした
あれから3年
昨日福島から翔くんが伝えてくれた映像に改めて
愕然としました
あたり一面を埋め尽くす除染廃棄物の入った黒い袋
の山に、福島の人達の苦しみが詰められていて、胸
が締め付けられました
ここにあるのは一部でしかないし、ここはあくまでも
仮置き場でしかない
この後のことを考えると、復興はまだまだ始まった
ばかりで気が遠くなります
あれから3年
もう3年なのか、まだ3年なのか、やっと3年なのか
被災した方の状況と苦しみによって捉え方は違うの
だろうけれど、喪失感と焦燥感は大きくなるばかりです
こんな状況だからこそ、あなたが伝えたい、伝えるべき
意味があるのでしょう
日常に流されていても、忘れちゃいけないよって、また
教えてね翔くん
他人事じゃない、私たち日本の事だもんね
私も私のできる事を考えようと思います
