江戸幕府に疎外された神社
私が「鳥越神社」に興味を持ったのが、社史にない風説からである。それは、平将門伝説である。鳥越神社にはバラバラにされた将門の「手」が祀られているというものだ。将門の体が祀られている寺社の場所を結ぶと、まるで北斗七星のような配置になる、これは妙見菩薩(北極星を神格化)で将門を封じたのではないか、と唱える研究者がいるという事からだった。その話を確認しようと出かけた日が、なんと神社の例大祭。別の意味で大いに驚かされた。
○都内でも有数の古社
境内はとても小さい。関東三大神輿として取り上げられた神社とは思えないほどである。ところが、お祭りの日町内を歩いて驚いた。ほとんどすべての家屋が祭りに参加しているのだ。アパートもマンションもお店もチェーン店も。そういえば、大阪岸和田のだんじり祭りばりの町内会同士の喧嘩が毎年あるとも聞く。福岡の祇園山笠など有名なお祭りではよく聞く話ではあるが、それだけ祭りに心血を注いでいる人たちが多いということなのだろう。最近では暴対法とのからみもあって一概によいことばかりとは言えないようだが。
話を戻そう。「鳥越神社」の祭神は日本武尊、創建は651年と関東にあってはかなり古い神社である。この当時の名は「白鳥神社」。この後、八幡太郎の名でも知られる源義家が奥州への戦いに向かう際、鳥が飛び立つさまを見て浅瀬を知り隅田川を無事渡る事ができた、ひとえに「白鳥神社」のお陰であると「鳥越大明神」の名を奉納したと伝わっている。
さて、将門伝説では、「鳥越」の名は、切り落とされた将門の「首」が「とびこえた」ことからだと言う。時代の流れから言えば、将門は八幡太郎より前の時代の人である。なるほど、どちらにも一理ある。
○鳥越台地に建っていた大社
ところで、「鳥越神社」は江戸時代以前には2万坪の土地を有する大きな神社だったのだが、江戸時代になり北側にあった「姫が池」の埋め立てのため、土を削り取られ敷地はどんどん狭くなっていく。今でこそほぼ平地に立つ神社だが、家康が江戸城入城の折には、この付近は台地と池、川に囲まれた森のような場所だった。台地は古墳だったと伝わるが、今では何の名残もない。いずれにせよ、鳥越神社はこの地に残されたものの、隣接していた熱田神社、榊神社は移転を余儀なくされている。
あれだけ風水、そして将門封じに余念のなかった家康・天海コンビが、将門由縁の神社をこのように扱うだろうか。甚だ疑問に感じるのである。むしろ、江戸から明治に移る際の、無謀とも言える神仏分離や廃仏毀釈に対して、庶民たちが将門の力を借りて、神仏混交の寺社を守ろうとしたために生まれた伝説ならば納得がいく。お祭りを見て、ますますそう思った。それほど地元に愛されている社なのだ。
○商売繁盛、安産・子育、開運厄除のご利益
祭神は日本武尊、そのため11月の酉の市のシンボルであり商売繁盛祈願の熊手は、「鳥越神社」ではいつでも受けることができる。また、「犬張子」という授与品は安産祈願としていろいろな地方に残されているものだが、ここ「鳥越の犬張子」は魔除けとして子どものそばに置いておくものとして初宮参りの際受けるものらしい。竹籠をかぶった犬の形をしているのだが、「竹」をかぶった「犬」は「笑」となり、「子どもが笑顔を絶やさず育つ」に掛けているのだとか。「犬張子」の文化は平安時代に始まり江戸時代庶民に広がったものなので、歴史のある寺社に伝わるもののひとつでもある。
それから、大祭の夜を描いた絵馬も他では見られない趣がある。これに似た絵馬は、古くは武蔵の国の中心を務めていた「大國魂神社」のくらやみ祭りを描いたものがある。どちらも創建が古く、由緒ある祭りを繋げてきた神社である。絵馬に関しては、多くの方々が研究されているので一度調べてみたいと思う。思うことだらけではあるのだが…。
「鳥越神社」の大祭に出陣する神輿は千貫神輿として有名なものだ。富岡八幡宮の一の宮神輿は日本で一番大きいものと言われているが、神輿全部を合わせた時には、ここ鳥越神社の神輿が日本一になると言う。町内に据えられた神輿を見て回ったが確かに重そうだし、細い路地を巡るには大きすぎる。それが、氏子たちの誇りなのだろう。そういえば富岡八幡宮も白鳥が関係している。創建は鳥越神社のほうがずっと古いが。
さて、都内の神社仏閣のことを好き勝手に書いているだけのブログだが、そんなものさえも気に入らない方々もいるらしい。このところ、海外のIPアドレスから、しきりに不正ログインが試みられているようだ。このブログを開設してくれた人が、いろいろ手を打ってくれていたので、今のところ何事もなく過ごしているが、いつか突然変な画面に書き換えられてしまう日が来るかもしれない。単におもしろ歴史話を拾い綴っているにすぎないのだが、長い歴史を持たない(もしくは記録のない)国の人々にとっては疎ましい話なのかもしれないなぁ、とため息のでる今日この頃である。
