「毘沙門天/多聞天」 | 東京神社めぐり

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財神、福神、勝運の神さまとして人気

毘沙門天 出典/国立国会図書館
毘沙門天
出典/国立国会図書館

いろんな分野で活躍する人たちを紹介するのに、「○○四天王」などとよく呼ぶが、この四天王とは帝釈天に仕える仏さま4人のことを指し、鬼を支配する守護神と考えられている。名をそれぞれ持国天、増長天、広目天、多聞天と言い、順番に東、南、西、北を守る神たちである。中でも多聞天は、別名を毘沙門天とも呼ばれていて、特に日本人には人気が高い。
毘沙門信仰発祥の地は、京都の鞍馬寺なのだそうだ。

○聖徳太子が有名にした四天王

お金の象徴でもあった聖徳太子
お金の象徴でもあった聖徳太子

四天王信仰の始まりは、聖徳太子だと言われている。
負けそうな戦のさなか、四天王に祈願し勝利を勝ち取り、お礼として四天王寺を建立した。また、聖徳太子あるいは鞍馬寺に伝わる逸話から、寅を遣いとし、狛犬ではなく狛寅が鎮座することが多い。四天王というのは、常に鬼たちを踏んづけて怖いお顔で立っている姿だと思っていた。
ところが、先日見に行った「法隆寺展」に展示されていた、飛鳥時代制作の持国天、多聞天は普通の穏やかな仏さまだった。平安時代制作の毘沙門天も足の下にあまのじゃくはいない。いつの時代からこの四天王の足下に鬼たちがひれ伏すことになったのだろう。中でも武神とされる毘沙門天は特に勇ましい顔と装束の仏さまである。そのため、武士たちから多くの帰依を受け、四天王の中から単立の仏さまとして祀られることが増えていったのだ。本来は財宝の神であり、吉祥天の夫でもある。なので縁結び、家庭円満の神であり、財運、疫病除けとしても祀られている。江戸時代には七福神の1柱となり、福の神、勝負の神として人気者となった。
そのため、七福神の1神でもあるので有名どころには必ず鎮座する神さまでもある。
東京には、毘沙門天を祀るお寺は多いが、今回は特に私のお気に入り3寺を紹介しよう。

覚林寺/清正公

覚林寺
覚林寺

以前紹介したので、詳細は省くが、「勝運」のご利益では都内随一である。
築城の名手として名高い加藤清正を祀り、授与される「勝守り」は有名。狛寅はいない。山手七福神のひとつ。

善國寺/神楽坂毘沙門天

善國寺
善國寺

今でこそ、神楽坂の毘沙門として名高いが、秀吉の時代だった開祖時には日本橋、焼失後も麹町へ移転、この地へは200年ほど前に鎮座したお寺である。開祖は徳川家康で、その後水戸光圀の寄進も受けている。開運・厄除のお寺として名高く初詣のお寺として選ばれることも多い。りっぱな狛寅が境内にいて、絵馬もお守りも寅にちなんだもの。寅年生まれの人は必ず行くべし。
頭のつぼにお灸をする「ほうろく灸」(平成26年は7月24日開催)は、神楽坂商店街で行われている「ほおづき市」の最中に行われる。新宿山ノ手七福神のひとつ。

多聞寺

多聞寺山門
多聞寺・山門

本当は、こちらのお寺だけを紹介するつもりだったのだが、毘沙門を祀るお寺としてはあまりに変わっているので、他の「多聞天」を祀る場所も紹介しようと思った次第。正式名称の「隅田山吉祥院多聞寺」という名前に、吉祥天と毘沙門天という夫婦神の名前が揃っているくらいの正統派なのだが、境内からは本尊が「毘沙門天」だという感じがまるでしない。江戸の大火、東京大空襲を被った下町にあってまず「茅葺きの山門」の出迎えに驚く。京都でさえなかなかお目にかかれない。

 

そこここに「たぬき」像が
そこここに「たぬき」像が

中に入ると「たぬき」像の多さにおののく。寅でも狐でも、獅子でも狛犬でもなく、かわいらしくもない「たぬき」なのだ。これは、この地に生息していた妖狸を退治した和尚が建てた狸塚に由来する。

六地蔵像
六地蔵像

その上、座ったお地蔵さまが6体。私は座ったお地蔵さまを見たのは初めてかもしれない…と記憶をたどってみた。お地蔵さまというのは背の高い低いはあるけれども錫杖を持ち、揃えた足の指が見えている…イメージが強い。加えて、白い前掛けである。どちらかというと…赤とかピンクの色彩をまとってないだろうか…。しかも手に持っている道具がなんだか変わっているのである。もう、興味津々。

「映画人ノ墓碑」
「映画人ノ墓碑」

最初の本尊は不動明王だったのだそうだ。徳川の江戸移封の際、移転・改名、そして本尊が毘沙門天になったらしい。毘沙門天は、武士の時代になりいろいろな人の夢枕に立ち、本尊になり代わっていった。確かに上杉謙信をはじめ歴史に名を残す(謙信の旗印「毘」は有名)武将たちの多くは毘沙門を信仰していたようだし、最近でも自衛隊機に「毘」の文字が入っていたというから、毘沙門の威光は今も続いているのだろう。
それから、多聞寺の境内には、映画に関わった人たちのための碑もあった。
そして、もちろん隅田川七福神の1神である。

多聞寺本堂
多聞寺本堂

ここまで書いておいて何なのだが、実は私は四天王の中では、美男子として作られることが多い広目天が一番好きである。奈良の東大寺戒壇堂の広目天はあまりに有名だが、法隆寺広隆寺興福寺東寺などの四天王の中でもやっぱり広目天が一番カッコイイ。(もちろん興福寺は阿修羅、東寺は帝釈天が一番ハンサムだけれども…)広目天は、特殊な眼を持つ情報の神さまだという。もしかしたら、力を誇示する毘沙門よりも広目天の方が今の時代にマッチしているんじゃあないだろうか、と密かに思っていたりもするのである。
聖徳太子も実在したかどうか…と言われる世の中だ。遥か昔、飛鳥の時代から、本当は情報を操れるもののほうが常に強者だったのかもしれない。