わたしが合唱と出会った小学生のとき

声が大きいと思っていたわたしの声を

軽々とお姉さん達は超えていて


同じメロディーから違うメロディーが入ると

自分の歌が合っているのかどうか

わからなかった


わからないのに楽しくて

できないのが面白かった




わたしは、中学も高校も

部活に合唱部がなかったから

コンクールに向けての合唱は

全く知らなくて


授業の合唱は、とても嫌だった


児童合唱の人達は、歌が好きで

歌うメンバーが好きで集まってきた

年齢も学校も違うただ【好き】という

共通の想いが結びあっていたから



想いが合唱の響きや余韻を

変えてくれることを知った




《合わせる》ということを

真剣に捉えたのは大学に入ってから


全国大会常連校の《輪声会》に入った

コンクールに向けての先輩の熱はすごく

怖いくらいだったけれど


全国大会のコンクールでの余韻は

今でも覚えている


静寂の中に、身震いするほど

綺麗なハーモニーが残って

誰もがその余韻をいつまでも感じていたくて

時がとまったように感じた


数秒後、指揮者が壇を降りると

会場が拍手の音が痛いくらい

わたしたちの全身を包んだ


結果が金賞でなければ

審査員の耳が悪いだけだ

と、ハッキリ言える演奏だったから


結果全国1位になったときは

ほっとした


先生はずっと一緒のことをいっていた

「よく聴いて、だけど、合わせようとしないで」

「自分の声をしっかり出して」


【きく】

【合わせない】

【出す】



この3つの約束が

同時に出来るとは当時のわたしからは

はてな????

だった




《つづく》





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