『鎮魂』 ~勇猛果敢・相馬野馬追~
『相馬野馬追』24日の最大の目玉「甲冑競馬」や「神旗争奪戦」のメイン行事が中止!
東京でもそのニュースが各局を駆け抜けて行きました。
会場である“雲雀ヶ原”は福島第一原発から約23kmのところに位置し、その会場に積もった放射線は馬や人が駈けることでセシウムやプルトニウム、ストロンチウムなどが舞い上がってしまうこと。つまり人がその放射線を吸ってしまう=内部被ばくの恐れがあるという点。
亡くなった方々への供養もあり「華やかな」、故人やその家族への配慮や自粛すべきという点。
そういった中、目玉行事を中止にし、縮小規模で行う運びとなりました。
宇多郷・北郷・小高郷は形だけ・行列や祭礼だけでも行うと縮小し実施に至りました。それでも約100騎の武者が駈けつけたのです。

【7月24日:福島民報(猛者・北郷牛渡会長)】
その武者達に対し、市民からは…
「本当にやってもらってもらってありがたいです。勇気が出ます」
「故人(主人や息子などの故人)が大好きだった野馬追だから開催してくれて喜んでると思います」
「こんな時だからやってもらえて元気・勇気をもらいました!」
など…今私はその方々の想いを振り返りながら、こうして書き記している今も涙が溢れてくる思いです。
残念ながら“中の郷”だけは歴史上はじめて“不参加”といった形をとってしまいました…しかし彼らには彼らの想いがあったのだと思います。
一方“小高郷”では被災地でも立ち入り禁止区域となってしまった小高神社「野馬捲会場」にて開催することは許されませんでした。
しかし彼らはその意地や武士(もののふ)であること、そして800年間の責任を重んじ、小高神社と所縁があり、また原発からかろうじて20kmギリギリに位置する“多珂神社”で開催することを決めたのです。

【7月26日:福島民報(多珂神社)】
『相馬野馬追』は、このように市民の中に深く深く息づき、通常のお祭りとは少々異なったお祭りであり、相馬義士の人生そのものを感じる…“軍礼行事”とでもいうべきでありましょうか…
そんな意地っ張りで誇り高い相馬の市民を私も同じ日本人として彼らを誇りに思います。
開催までをずっと現地の方たちと共にさせていただいたおかげで、いままで以上にこの「相馬野馬追」を深く、そして「勇猛果敢な相馬義士の鼓動」を身近に感じることができました。

【勇猛果敢・相馬義士】
『相馬野馬追』24日の最大の目玉「甲冑競馬」や「神旗争奪戦」のメイン行事が中止!
東京でもそのニュースが各局を駆け抜けて行きました。
会場である“雲雀ヶ原”は福島第一原発から約23kmのところに位置し、その会場に積もった放射線は馬や人が駈けることでセシウムやプルトニウム、ストロンチウムなどが舞い上がってしまうこと。つまり人がその放射線を吸ってしまう=内部被ばくの恐れがあるという点。
亡くなった方々への供養もあり「華やかな」、故人やその家族への配慮や自粛すべきという点。
そういった中、目玉行事を中止にし、縮小規模で行う運びとなりました。
宇多郷・北郷・小高郷は形だけ・行列や祭礼だけでも行うと縮小し実施に至りました。それでも約100騎の武者が駈けつけたのです。

【7月24日:福島民報(猛者・北郷牛渡会長)】
その武者達に対し、市民からは…
「本当にやってもらってもらってありがたいです。勇気が出ます」
「故人(主人や息子などの故人)が大好きだった野馬追だから開催してくれて喜んでると思います」
「こんな時だからやってもらえて元気・勇気をもらいました!」
など…今私はその方々の想いを振り返りながら、こうして書き記している今も涙が溢れてくる思いです。
残念ながら“中の郷”だけは歴史上はじめて“不参加”といった形をとってしまいました…しかし彼らには彼らの想いがあったのだと思います。
一方“小高郷”では被災地でも立ち入り禁止区域となってしまった小高神社「野馬捲会場」にて開催することは許されませんでした。
しかし彼らはその意地や武士(もののふ)であること、そして800年間の責任を重んじ、小高神社と所縁があり、また原発からかろうじて20kmギリギリに位置する“多珂神社”で開催することを決めたのです。

【7月26日:福島民報(多珂神社)】
『相馬野馬追』は、このように市民の中に深く深く息づき、通常のお祭りとは少々異なったお祭りであり、相馬義士の人生そのものを感じる…“軍礼行事”とでもいうべきでありましょうか…
そんな意地っ張りで誇り高い相馬の市民を私も同じ日本人として彼らを誇りに思います。
開催までをずっと現地の方たちと共にさせていただいたおかげで、いままで以上にこの「相馬野馬追」を深く、そして「勇猛果敢な相馬義士の鼓動」を身近に感じることができました。

【勇猛果敢・相馬義士】