今は、年に何度も行く嬬恋。
初めて嬬恋に行ったのは、20代前半。
将来、ここが自分と縁のある場所になるとは夢にも思わなかったころ。
職場の40代の上司が、鬼の泉水に別荘を持っていて、
そこに誘ってもらっらいました。
万座温泉スキー場や
できたばかりのパルコールスキー場にも行きました。
(パルコールはまだ高い木が全然なくて、
がらんとした風の強い、寒ーい高原のスキー場でした。)
今のつつじの湯が建て直される前の、
つつじヶ丘牧場の温泉に連れて行ってもらったりもしました。
夜、テラスに出て、
部屋の電気を消して見上げた夜空の満天の星。
30年近く前の嬬恋は、
昭和40~50年年代に開発された別荘地がまだ林になっていなくて、
高い木が少なかったから、
今では森の中になった別荘地でも、
家から星空が臨めました。
満天の星に感動したのはこの時がきっと初めて。
20代前半
職場の40代の上司
別荘
星空・・・
なんか、やばい感じを想像してませんか(笑)
40代の上司は、教育職の女性で既婚、
10代の子二人のおかあさんでもありました。
弟と妹が小さいころにお世話になっていたり、
その縁で母とも知り合いで、
我が家とは何かとご縁がありました。
あのころ、彼女は急にスキーに目覚めて、
毎週末一人で電車で万座鹿沢口まで行き、
駅前に停めてある車で別荘へ。
そこからチェーンをまいたリッターカーで、
パルコールまで通っていました。
パルコールへ向かう緩い登坂で、
急ブレーキをしてしまいスピンしたことを、
月曜日には面白おかしく話してしてくれました。
私がその職場を2年で辞めた後も、
年末には声をかけてくれて、一緒にスキーをしました。
彼女は何にでも興味を持ち、
行動力があって、
パワフルで、
一緒にいていつも元気をくれました。
早期退職をしてからは、
ご主人の実家の長野に住み、
アクティブに過ごされていたようで、
木島平でよく滑っていたようです。
数年前、つつじの湯でばったり会って、
立ち話で近況を語り、偶然を喜んだものでした。
ご主人が経営してる施設が作成しているカレンダーを
年末には送ってくれたり、
後は年賀状の交換だけでしたが、
またいつか嬬恋でばったり会えたらいいなぁと思っていたものでした。
先日、ご主人から喪中はがきが届きました。
彼女は今年の2月に亡くなられたそうです。
私に嬬恋の素晴らしさを教えてくれた彼女。
母と同世代なのに、母とはまったく別の生き方をした彼女。
女性の生き方の一つのモデルを教えてくれた人でもあります。
ご冥福をお祈りします。








