本山夢太

本山夢太

男性です。

 

🔥 激辛のヒーローの小説

 

夕焼けがコンクリートのジャングルを赤く染め上げる頃、街の片隅の児童公園に、人影が立っていた。彼の名は誰にも分からない。取り合えず子供たちは彼を「赤と緑のおじさん」と呼んでいた。

彼は毎日、上下の色が鮮烈な衣装を着ていた。上着は唐辛子のように燃えるスカーレット・レッド。ズボンは山葵の色のハラペーニョ・グリーン。その色の組み合わせは、まるで世界で最も危険な唐辛子を具現化したかのようだった。

彼の瞳は常に、遠くの激辛料理店を見つめる時のように輝いている。彼の唯一の思想、それは「激辛こそが、世界最高の真理である」ということだった。


 

🌶️ ヒーローと子供たち

 

ある日公園のベンチには数人の子供たちが集まっていた。彼らの目の前には、赤と緑のおじさんが持ってきた、色とりどりの唐辛子が並べられた木箱があった。

「おじさん、いい香りだね!」

好奇心旺盛な少女が言った。

赤と緑のおじさんは、静かに頷き、その燃えるような赤い上着の胸元から、輝くような赤い実を取り出した。

「良いか。今日は『辛さの分類学』について徹底的に学ぶ時間だ」

彼は、その赤い実を丁寧に指差した。

「まず、辛さとは何か。それは味覚ではなく痛覚だ。この小さな実の中に含まれる『カプサイシン』という成分が、口の中や舌にある痛みを感じる受容体を刺激する。この刺激こそが、我々が『辛い』と認識する感覚の正体だ」


 

📏 辛さの単位:スコヴィル値

 

「その辛さをどうやって測るの?」

今度は冷徹な雰囲気の少年、タケルが真剣な顔で尋ねた。

おじさんは満足げに微笑んだ。

「それは『スコヴィル値(Scoville Heat Units, SHU)』という単位を用いる。これは、ウィルバー・スコヴィルが考案した測定法。元々は、唐辛子の抽出液を砂糖水で薄めていき、辛さを感じなくなるまでの希釈倍率で表したものだ」

彼は木箱の中を指し示した。

  1. ピーマン(Bell Pepper):「これは辛さの基本、0 SHUだ。カプサイシンはほとんど含まれていない」

  2. タバスコ(Tabasco Pepper):「この小さくて赤いのがタバスコ。だいたい3万~5万 SHU。このあたりからが『辛い』の入門編だな」

  3. ハバネロ(Habanero):「そして、このオレンジ色のランプのような形。10万~35万 SHU。フルーティーな香りだが食べると強烈な炎が襲ってくる感覚になる」


 

🌍 辛さの種類:世界の猛者たち

 

おじさんは、さらに奥から取り出した、ごく小さな、シワシワになった唐辛子を大切そうに手のひらに乗せた。

「良いか。辛さには種類がある。ただ痛いだけではない。それぞれに**個性(キャラクター)**があるのだ」

  1. 🔥 刺すような辛さ:カイエンペッパー

    「これは主に『鋭く、すぐに立ち上がる辛さ』だ。日本の七味唐辛子にも使われることが多い。口に入れた瞬間に『チクッ!』と刺すような、短距離ランナーのような辛さだ」

  2. 🥵 燃え盛る辛さ:ハバネロ、スコッチボネット

    「これは『舌全体を包み込み、熱が広がる辛さ』。フルーティーな香りを伴い、数分間、口の中全体が火事になったかのような状態が続く。**爆発物(ダイナマイト)**のような辛さだ」

  3. 💀 遅れてくる辛さ:ブート・ジョロキア(Bhut Jolokia)

    「そして、私の愛する超激辛の世界だ。このインド産のブート・ジョロキアは、100万 SHUを超える。『幽霊の唐辛子』という意味を持つ。食べた瞬間は意外と平気だと錯覚する。だが、10秒から30秒後、体の奥底から、ゆっくりと、しかし確実に、灼熱のマグマが湧き上がってくる。これは『遅効性の毒(スローポイズン)』、最も崇高な辛さだ」


 

💖 激辛の最高思想

 

子供たちは、その説明に唾を飲み込みながら、真剣に聞き入っていた。

「おじさん、どうしてそんなに辛いものが好きなの?」アカリが尋ねた。

赤と緑のおじさんは、手に持った超激辛の唐辛子を、宝物を見るように見つめ、静かに答えた。

「良いか、激辛はただの痛みではない。それは自己との対話だ」

「激辛を食べる時、人は全身の感覚を、痛みという一つの点に集中させる。脳はその痛みを打ち消すために『エンドルフィン』という快楽物質を放出する。このエンドルフィンが、痛みの後に来る、究極の解放感至上の幸福感を生み出す」

辛さの極限を乗り越えた者のみが辿り着ける、精神的な高み。私はそれを求め続けている。激辛は、私にとって人生であり、哲学であり、そして、世界最高の真理なのだ」


彼は立ち上がり、夕日を背に、公園の出口へと歩き始めた。鮮やかな赤と緑の背中は、まるで唐辛子から放たれる熱のように、子供たちの目に焼き付いていた。

「また今度、『チリ・キャロライナ・リーパー(200万 SHU超え)』の苦しみの後の甘美な世界について語ろう」

その言葉を残し、激辛のヒーローは、新たな灼熱の探求へと、夜の街に消えていった。