目の前の社長が関西弁で真剣に話をしている。時に険しく熱い思いを口にしている。
その想いがどれほどなのだろうか、口先だけなら誰にでも言える。多少の地位と金を得た経営者ほど簡単にそれを口にする。それが心配だった。信じさせて容易に裏切る。
だから率直に聞いてみた。
「自分がこんなことを言うのは失礼かも知れませんが聞かせてもらいます、本気ですか!?」
相手の顔を見た。
一呼吸置いて社長は
「ワシは命を懸けて仕事をしてる。この業界を変えてやろうと奔走して関西に組合を結成した。これから日本全国を飛回ろうと決めたんや!ワシは組合の会長や!嘘はつかん!」
熱かった…久しぶりに熱い男を見た。話をしている時はまるでヤクザを相手にしているようだった。その社長の気迫に俺も答える。
「分かりました。微力ではありますが賛同させて頂きます!自分も本気です。その言葉が聞けて嬉しいです!」
喫茶店のテーブルを挟んで2人握手を交わした。
これからが俺の「捲土重来」を期す舞台となる…そう思った。
俺は一度敗北した。そしてすべてを捨てた。辛酸を舐め忸怩たる思いだった。しかし、あの時その選択をしなければ今は無かった。生きるか死ぬかしかなかった。過去は変えられない厳然たる事実だ。
ならどうする?
いつまでも過去に縋り固執して行くのか?
それとも舞台を変えもう一度戦おうと思わないのか?
それが「捲土重来を期す」というものだ。
*捲土重来(けんどちょうらい)
一度敗れたり失敗したりした者が、再び勢いを盛り返して巻き返すことのたとえ。巻き起こった土煙が再びやって来る意から。▽「捲土」は土煙が巻き上がることで、勢いの激しいことのたとえ。「重来」は再びやって来ること。もとは一度敗れた軍が再び勢いを盛り返して攻めて来ることをいった。「捲」は「巻」とも書く。また、「重」は「じゅう」とも読む。
それから社長は具体的な話しを続ける。
「これから埼玉で仕事がはじまる。10月の下旬から本格的に乗り込む予定や。工程が変わらなければそれからいける。」
「そうですか…」
相手の目を見て話を聞く。
「佐伯も目が鋭いな。カタギの目とちゃうな。そうやってずっと目を合わせてるんやもんな。偉いでホンマに。」
「いえ、そんなことはありません。」
俺は真剣な話しの時は人の目をずっと見る。自分では分からないが他の人より真剣に見ているのかも知れない。自己分析だがそれは目を逸らすと失礼に値すると思うからだ。これは人見知りの性格もあるんだと思う。
「関西では関東と違ってな。仕事を貰う先を通り越して一次になろうなんてまずせえへん。付き合いを大事にして繋げて行くんや。それが関東じゃ"目指せ一次"とか言うてる会社もあるわな。筋通さんで笑われるでホンマに。それで佐伯はどれぐらい欲しいんや。関西も関東もあまり金額は変わらんと思うが…」
話し聞いていて大体の相場の予想はついた。そして、この社長と一緒にしている下請けの金額も察しがついた。
俺はこの初顔合わせで口頭で自ら発した言葉がある。"自分は嘘は言わない"虚勢を張りたくはない。それがなければ自分ではない。
「金額は社長が決めて下さい。」
社長は驚いた顔をしている。相場の金額を暗に示しているのに乗ってこない驚きの顔だ。
「自分も金は欲しい。でも金の為だけに仕事をしてはいません。自信をつけたい!金は二の次です!」
稼ぎの金額は自信に繋がる。金があれば選択肢も広がるし、自由になることも増える。しかし、俺はいつでも金額は自分からは言わない。それはこの先の自分の働きを見て決めて貰いたいからだ。そして、金だけの奴は金だけの繋がりで終わる。
俺はそれだけじゃない志を求めている。
「そうか。ならこの金額でどうだ?」
具体的な金額を口にする。
「はい。分かりました。その金額でお請けします。」
社長が驚いて破顔した。そして嬉しそうにしている。最高の商談成立だと思ったのだろう。
「佐伯…お前はもしかしたら磨けば光る原石かも知れん!」
「はい。磨けば光る原石です。まずは自信をつけさせて下さい!」
そしてもう一度握手を交わす。
「ところで佐伯もういかんぞ!」
俺の左腕の傷を見ながら口にする。
「ワシの若いモンも先々週自殺した。刑務所出てから真面目に働きたい言うからな、もう一辺使ったんや。それがまたシャブに手を出してな。一度職質されて捕まってな。たまたま尿検査で引っかからなくてパイや。ワシもその時にもう二度とシャブに手を出すな!ってキツく言うてやな。そしたらまたシャブやったみたいでやな。裏切った罪の意識からか悩んでもうたのか自殺してもうたてな…ホンマにシャブはいかん。あれは人間汚くする。佐伯!!2度するな!大丈夫か!?」
どうやらこの腕の傷を見て注射痕と勘違いをしているようだ。
そこに社長は感慨に耽けながら「どうしてやろうな…ワシのところには仰山そんな奴が来るわ…それがワシの運命(さだめ)なんやろうか…」
と1人呟いている…
その姿を見て俺はそういう事にした。自分でも情けないし本当のことは言われない。これは嘘とは違う。そして目の前の社長の心を感じた。
「はい。大丈夫です。心配は要りません。」
関西の社長の思いに俺は賛同した。握手を交わし日本全国を飛び回ることにした。社長の言葉に嘘はない。そして俺は惜しみなく協力したいと思った。久しぶりに言葉の力を感じた。
喫茶店を後にし先に繋がったことに安堵していた。
新たな戦いの火蓋が切って落とされた。後戻りは出来ない。それは俺も社長も一緒だ。
この業界のスタイルを変えてやる。
心にそう誓った。
俺は逃げた負け犬だ。
ならもう一度ど戦ってやる!
うちに秘めたる闘志を隠して…。
つづく