おっくんです。
秋田は暑いです。とうとう30度を超えました。
梅雨明けてないのにね。

さて、前回から昔話をしています。
まあ、昔話をしたくなっただけですが。

大学で、私が学部の1年上の先輩として出会ったのがしのでした。
程なくして我々2人は親友となり、よく行動をともにしていました。

最初はただのドジっ子だと思っていたんですけどね(笑)。
彼女の卒業間近に私としのは交際を始めることになってしまいました。運命という物は不思議なものです。もう、付き合って7年目、結婚してもおかしくない状態にまでは来ています(今は遠距離で、勤務地の問題を調整中です)。


もし、付き合っていた彼女さん(若しくは彼氏さん)が、障害者だってわかったら、どうしますか。
それが分かったのが、私たちの場合、付き合って3年目に入る前、しのが専門学校へと通い再び学生になる寸前でした。

私はその時名古屋で仕事をしながら、とある大学の教育系大学院の1年生でした。
そして、しのは東北の医療機関で働いていて、社会人2年目、さらにステップアップのために専門学校進学を決めていました。その矢先に、障害の告知。

学部でも教育社会学を専攻し、教育系の院に進んだ私にとって、その障害名に「あーやっぱりか」と納得と安堵と、「なんで、どうして」という感情の2つが生まれました。


アスペルガー症候群、通称「知的障害の無い自閉症」…。
そうして、私たちの障害との付き合いが始まりました。


しのは専門学校に進学したものの、1年間で挫折することになりました。
障害が、学業上の障害になってしまったのです。

そもそも何の専門学校に進学したかというと「作業療法士」の専門学校でした。
ぴんときた人がいるかもしれません。

アスペルガー症候群は作業療法による治療療育の対象です。

「自分の障害がリハビリ対象になる職種」の専門学校を選ぶという、とんでもない事態だったわけです。

1年で辞め、そして障害者手帳を取り、ハローワークのバッグアップをもとに就職を決めるのですが、それは次回。


つらつらと書きましたが、今回一番言いたいことは、

「自分の大切な人(家族や親友・恋人などが)もし障害者になったらどうしますか」

という問いかけです。

私も苦しかったし、当事者であるしのはもっと苦しんで生きています。
付き合うことは最初私の親は猛反対で、長時間かけて説得したこともありました。

でも、たまたま障害があっただけで、支援さえあれば、なんとか乗り越えられる。

「お互い助け合う関係」がきっと、人と人、男と女という関係を強固なものにすると今考えれば思います。

こんばんわ。おっくんです。

私は秋田に住んでいますが、朝夜は寒いです。13度とか長袖が欲しくなりますね。

さて、「しの」の近況は前回書きましたが、彼女がアスペルガー症候群と分かるまでのお話をします。

私は2003年、今から9年前に東北のとある国立大学に入学しました。
その時出会った、学部の先輩が「しの」でした。

彼女は非常にバイタリティがあり、行動もできました。
でもできなかったことが、「人との関係を調整する」「臨機応変に行動する」ことでした。大学在学中に、私も「何でできないんだろうなぁ」って何度も思いましたが、まあ個性なのだろうと思っていました。

しかしながら、彼女が4年生になり、就職活動を始めたとき、「面接でまったくしゃべれない」という相談を私は受けたのです。何度も面接練習に付き合いましたが、練習ではしゃべれるのに、本番では硬直してしまう。これはおかしいと思いつつ、なんとか1社内定を貰い、卒業し、とある社会福祉法人で働き始めました。

やはり、職場でもコミュニケーションにつまづき、うつ状態に追い込まれます。
その時私が心療内科の受診を薦め、何ヶ月か受信しているうちに、担当のお医者さんに、

「アスペルガー症候群かもしれない」

と告げられたのです。

私も、しのも青天の霹靂でした。
いわゆる「知的障害の無い自閉症」であることに、24年間知らないで生きてきていたのです。

それは、長年苦しんできていた「何でできないんだろう」の原因だったのです。

彼女は、ずっと自分を責めて生きてきたのです。
それが、「自分のせいではない」というのが分かったとき、安堵と共に新しい闘いの毎日の幕開けでした。


そこから、手帳の取得や障害者雇用のための就職活動の話しになるのですが、それは次に書きます。

皆さん、お久しぶりです。しのの相方おっくんです。
1年間も放置していたのですね。

そもそも「知的障害の無い自閉症」であるアスペルガー症候群について知って貰いたいというブログだったのですが、だいぶこの1年でアスペルガーと言う言葉が浸透してきているような気がします。

しのはというもの、この1年で劇的に成長しました。がむしゃらに勉強し、日商簿記の3級と2級に合格。物の仕組みを理解するのは得意ではないのですが、記憶力は普通の人はまず自閉ちゃんには敵いません。

本人も現在の職場で移動になり、経理畑からサービスセンターへと移動となり1年が経っています。
しかしながら、大問題が。

電話応対でした。顧客からの電話注文を受けるという仕事を任されることになってしまったのです。
個人差はありますが、アスペの人にとっては、電話をしながらメモを取ったり、そもそも予想の付かない電話口での会話というのはパニックになってしまいます。

現在、相談員(ジョブコーチ)を通じて、再度異動のお願いをしているようですが、会社側はなかなか理解して貰えないようです。

アスペの人にとって電話応対は、「肢体不自由で足の不自由な人に歩けと言っている物同然」のことで、訓練でもどうしょうもならないことが多いのです。

こういうところで、適材適所に配置を行うのが、本当のノーマライゼーションなのかなと思います。

ではでは。