ブログを見にきてくださって
ありがとうございます。


いつもは
自閉症スペクトラムという診断名がある息子の子育て日記をかいていますが
今回は私のお話になります。


私は、あまり家族に恵まれませんでした。
両親は警察沙汰の夫婦喧嘩をするような
重苦しい家庭に育ちました。
私は物心ついてくると

親の不仲を見るのがイヤで

よく祖母の家に逃げ込んでいました。


小さい頃から祖母といる時間が長く
おしゃべり好きな祖母の話をこたつに入って
ずっと聞いていたのを今でも鮮明に
祖母とのある会話を思い出す時があります。

祖母は、本当に人を大事にする人で
「ありがたいありがたい」という言葉が
口癖でした。

祖母は、優しくてみんなに好かれていて
私も祖母のことが大好きでした。
今でも尊敬しているし、大好きです。

コロナ渦で全然里帰りできなくて顔を見えませんが、電話すると元気にしていてほっとします。
長生きしてほしいです。
祖母のことを最近よく思い出すので
かいてみようとおもいます。


いつものように
祖母とこたつでお菓子を食べながら
話していたときのことです。

「ありがとうの反対ってなにかわかる??」
祖母が突然質問してきました。

それを聞かれた私は
「えー…わからんなぁ…ばあちゃんわかるん??」

祖母は
ゆっくり話はじめます。
「ありがとうの反対は、あたりまえ。
ありがとうっていう漢字は、
〝有るのが難しい〟
って書くんよ。」
私がちゃんと聞いているのかを確認しながら
祖母は続けます。

「ほんまだったら、してもらえるはずのないことを
相手さんのご厚意でしてもらっとるんよ。
有るのが難しいことをしてもらった
だから〝ありがとう〟って言いたくなる。
有難いって感謝する。」

「人間は、ありがたいことに慣れてしまうと
〝ありがたいことを当たり前〟
だと思ってしまう。
世の中には、ごはんが食べれん子も
寒うても服も買えん子、家もない子もおる。
これを忘れて生きたらあかんよ。
人にも、物にも
何にたいしても
ありがとうって言う気持ちを持って生きたら、
どんな悲しいことがあっても
強く生きていけるんよ。」


あの頃の私は、深い意味なんてわからなかったけれど
ばあちゃんの言うことは聞きたい!!
っていう思いが強かったので
ありがとうをたくさん言って生きてきました。

ありがとうが
私の心に刷り込まれていきました。

大人になってからは、
つらいときも悲しときも
その言葉を思いだして
まわりを見渡せば希望がたくさんあることを感じることができました。
そして生きていることや、まわりにいてくれる家族や友達に感謝をしてきました。

そして息子にも
まわりの人に感謝を忘れないようにと
祖母の教えをそのまま受け継いでもらおうと
よく〝ありがとう〟の話をします。

息子が漢字がわかるようになる頃、
有難いの意味がわかるようになったとき
言葉でありがとうを伝えるだけでなく、
心から感謝できるような子になってほしいと思います。



読んでくださって
ありがとうございました。