この世が醜いのは批判者が醜いからです

そんなことを、なんの脈絡もなくふと思った今日です



綺麗事を盲信している人たち
マスコミの力によって広がった風潮の住民
そいつらの集団を俗に「世間」と呼びます

彼らを批判する人はゴキブリみたいに無数にいる
僕もたまにその一匹だったり、逆にたまにゴキジェットだったり


でも、その批判者って
ほんっと、醜いなぁ、と思わされるな

ニュースの解説員も、ネット上の敗北者たちの遠吠えも……




なんの脈絡もなかった、ってわけじゃないかな
このことを考え始めたきっかけ、みたいなのは。


この前、新宿で
40代らしきおっさん×2がお話してんのが耳に入ってきた

日本の社会批判と、自分はこれからこうしたくて、こうすべきで、社会はこうあるべきで…
って。


うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
だっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ


キモい。マジ無理。


明らかに生活水準の低そうなおっさん二人が何やってんだか。
挙句の果てに立ちションし出すし。

負け犬の遠吠えとはまさにこのことだなって思った

いやほんとキモかった

何がキモいって
あの、社会に対する自分のアドバンテージを必死にでっち上げたがってる物言いが、もう鼻つまむレベルの腐敗臭だった

史上最強の気持ち悪さだった


そういうことをするのは若気の至りに満ち満ちた青い人たちの仕事です




あのおっさん二人を
上で言う「批判者」に当てはめたわけじゃない
それにすら及ばない

けど


確かになんかさ
「世間」側からすれば「批判者」ってどことなく
へそ曲がりな感覚がする気がすんだよね



「世間」を、こんなんじゃダメだ!って批判者が叫んだところで
その批判のしかたが多くの人に受け入れられづらいものがほとんどだから
その批判は結局世間に浸透することなく忘れられていく。

まあそれが批判の性。

綺麗な批判?も、見て見ぬ振りされるのがオチだしね。






書いてる途中で寝た。



勉強やる気起きねぇあーもう。




そういや昨日弟(小4)のサッカーの試合があって、応援に行った

片方負けたけどもう片方は勝って
よかったよかった。




勉強してるアピールウザいけど
俺はもはや勉強してすらいない

はい、やります
みなさんおやすみ




Title : Mr.Children『Everything is made from a dream』