カンボジアの田舎の施設の横にある家に3日間ホームステイすることになった。リアルにウルルンみたいになってきた。
子どもたちといっぱい遊んで笑いあってなんだか少し泣けてきた。
そこはテレビもゲームも水道もガスも電気もない。
井戸から水くみを手伝って畑仕事して泥水の池で泳いでおやつは木に登ってとる木の実。ジュースはココナッツを斧で割って飲む。
言葉もろくに通じないのに子どもたちはぼくになついてくれる。駄菓子屋で買ったキャンデーをくれたり絵を描いてくれたり。素敵な思い出をカンボジアの子どもたちは僕にくれた。一人旅日記-090705_2016~01.jpg
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ある日、私の家のポストに一枚のチラシが届いた。薬の売り込みチラシだった。
色んな薬がのってあった。「一週間で5キロ痩せる薬」や「一粒で一つほくろが無くなる薬」
「寝る前に飲むと良い夢がみれる薬」なんてゆうのもあった。
一番下の「頭が良くなる薬」に私の目は止まった。
私の頭は良くなる必要があった。余計なこと考えなくて済むように効率的な頭脳が欲しかった。
チラシに書いてある番号に電話してその薬を注文した。
3日後、届いた薬は避妊薬だった。
私に子どもができないのは小4の理科で習ったはずだがその薬を飲めば私は子どもを産める体に変われる気がしたから飲んでみた。
しかし私の体は何も変わらないし子どもも産まれてこなかった。そして私の頭は悪いままだった。
だからもう一度、電話をして薬を注文した。
3日後、届いてきたのは粉ミルクだった。
私は母の母乳を飲んだ事がない。母に優しく抱かれながら乳を味わった経験もなく大人になった私はマザーコンプレックスなのかもしれない。その粉ミルクをお湯で溶かし少し冷ましてゆっくり飲むと母の味がした。涙がこぼれ落ち泣きながら一気に飲んだ。
泣き疲れていつの間にか私は電話でまた同じ薬を注文していた。
次に届いてきたのは父の好きなヤクザ映画のビデオテープだった。
私は父に対して嫌悪感しかなかった。母を女中のように扱い、意味の解らない事ばかり発言する父をどうしても愛せなかった。家族みんなで食べる日曜日の昼ごはんの時間がたまらなく嫌で仕方なかった。食事中に決まって父がヤクザ映画を流す。母は文句も言わず黙々と食事をとっていた。その時間が子どもへの嫌がらせとしか思えなかった。
そんな馬鹿な父親と冷めた母親の楽しみは行きもしない旅行の計画。
リビングから聞こえる笑い声が憎くてたまらなかった。
私はそのビデオテープをゴミ箱に捨てた。
頭がギャーギャーうるさくて壊れそうだ。ずっと自分を愚かだと言い聞かせた。こんな感情に苛まれてることすら誰にも言えない。
こんな家にいると頭が狂って当然だった。
だけど私に必要なのは頭の薬なんかじゃない。
私が欲しいのは親への愛情だ。
父も母も私にもう何も求めてなんかいない。
憎悪や卑屈ばかり一人で育ててきた私は余計な物を捨てて感謝するべきだった。
そして私の家のポストに手紙が届いた。封をあけると真っ白な紙だった。
私はこの白い手紙に何を描いて誰に渡すのだろう。
カンボジアのその男に飲みに誘われて彼のバイクに乗り怪しげなレストランバーに到着。
店の前に妖艶なドレスを着た女性がズラッと両側に並んで座っている。客が入ると立ち上がって一礼する。気に入った女性を選んで一緒にそこで飲んで一晩共にするシステムらしい。一瞬怖くなって立ち止まり「帰る」というと、そんな事する必要なく普通に飲むだけでも大丈夫だと言われ中に入った。
中は現地の客ばかりだった。ライブステージもあり男の人が歌ったり綺麗な女の人が踊ったりしていた。十歳くらいの女の子も働いていてビールをついでくれた。女の子は英語はしゃべれないが男に通訳してもらい少し仲良くなった。絵を渡して少し笑っていた。
ここにも物売りの少年がいた。その子にも絵を渡したが受け取らず買ってくれとしか言わなかった。
その店を出て男は俺をビリヤード場に連れてった
その日は疲れてたのに加えビリヤードが下手くそな俺は全負けだった。
なんとか無事ゲストハウスまで送ってもらい楽しい夜は終わった。次の日トレンサップ湖に行きシェムリアップに戻ってきたら彼がいた。僕の学校に行かないか?と言われ少し迷ったがケンとこのままプノンペンにいくより今別れて学校に行く方がチャンスだと感じたので行くと答えた。ケンは大丈夫?と笑いながら心配してくれた。ありがとうケン。
楽しかったよ。いっぱい一緒に笑って悩んで考えた。夜、大雨がふって宿に帰れなくて2人して困ってたらカンボジアの優しい男の人にバイクに乗せてもらって大雨のなか三人乗りしたときすごく楽しかった。ケンがいたから助かったとおもう。ありがとう。
軽く握手してゲストハウスの前で別れた。今どこの国で何をしてるのかは知らないが彼はきっと良い旅を続けているだろう。
さて彼のバイクに乗り、大雨にあい一時間近く走り田舎の施設に着いた。いっぱいの子どもたちが僕を迎えてくれた。