カンボジアのお寺でお坊さんと一緒に生活していた時の話し。
夜になるとバカみたいに綺麗な星空の下でバカみたいにはしゃぐ僕を子どもたちは笑顔でみてた。
昼間そこは車ばかり通るさわがしい街で砂埃がひどい。夜は電気もないし周りには畑しかない。自然の音しか聴こえない。
それがとても心地よい。
雨のため水で体を洗い流しお坊さんと共に寝る。
夜中に目が覚めるとベッドにネズミがいた
昼間は何もしない。子どもたちと遊んだり。お坊さんと語ったり。
お坊さんにビニール袋に入った緑色のジュースをもらった
それがとってもおいしくて感動した。
僕のリアクションひとつに彼らは微笑む。一人旅日記-090709_1849~01.jpg
またそこでの生活にお別れした。歩いてポイペトまで行くと言ったらバイクタクシーの少年が送ってくれた。
その少年は僕にとても優しかった。彼の携帯のゲームをさしてくれて教えてくれたりした。僕はキンバイという名のお坊さんと一緒に過ごしたお寺の部屋の前にあるベンチでの思い出はまた忘れることのない時間となった。
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今、頭の中にいるひとはCocco。
脳内Cocco。
沖縄症候群。
Coccoの歌がいつもこのちっぽけな体のなかにある。
いちばん書きたいことはこれだった。
Coccoがいるから今生きてる
感じがたり考えたり泣いたり
もう今の私には綺麗な話しじゃものたりないから
だけど心は綺麗にしていたいから
私の中にCoccoは流れています。一人旅日記-080927_1014~01.jpg
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カンボジアの田舎の家でお世話になり笑顔で子供達とお別れした。大人も子供も愛があふれて良い人ばかりだった。
井戸から水を汲んだり、畑仕事を手伝ったり、お昼は子供達と散歩して他の家族の家でカンボジア楽器の太鼓や鈴を鳴らさしてくれて小さな音楽会が始まったり色んな人が集まったり
色んな人を見た。足がない男の人もいた。奥さんもいて子どももいてとても幸せそうにしていた。
日本語を教えると嬉しそうに勉強して必死に覚えようとして小さな子供の生きる強さを感じた。
絶対に忘れない。暖かくて優しい思い出は僕のなかで日々美しく増すばかりだ。
シェムリアップに戻り、僕はまた旅路を歩き始めた。とりあえずポイペトに向かった。そして屋台で休憩してある母と娘の親子と出会い、話しの流れで泊まるとこを探していると話すとその人の家に泊まらしてくれることになった。英語も通じない親子だったけど屋台の人や周りの客に通訳してもらい暖かく迎え入れてくれた。
家でまたみんなとご飯を食べ大きな溜水で体を洗いベッドを貸してくれた。
娘さんはなんだか僕のことを気に入ってくれてカンボジアの本の言語ページを見ながら色々話した。僕に彼女がいるのか聞いてきたり家族の話もした。彼女は自分の写真を僕にくれた。
そして彼女は僕の本の言語ページの「美しい」の部分に指を置いて僕に指を指した。
僕はヒゲもはえて髪もぼさぼさでお世辞でも美しいとは言えないむしろ汚いルックスの僕に彼女は恋をしたのだろうとうぬぼれた。
そして次の日また僕は優しい人達に絵をプレゼントしてお別れした。お父さんらしき人にポイペトまでバイクで送ってもらい心が痛くなるぐらい優しい笑顔で僕に手を振って別れた。
ポイペトのゲストハウスで一泊してつぎはシソボンに向かい歩いてお寺があったので入ったらお坊さんに話しかけられて何故か気にいられ何故かお寺に泊まることになった。キンバイという名のお坊さん。やたら僕をハンサムと言って少し怖かったが一緒のベッドで寝ても何もされることはなかった。そこでの生活は今までとはやはり違い独特な習慣があった。お昼に鐘がなりお坊さんが集まり座敷でご飯を食べる。子どもたちはその横でお坊さんが食べ終わるのを待ち、食べ残った料理を座敷から運び床で食べる。僕も同じようにそういった生活を送った。