今回のテーマは「宇宙人は存在するか」です。

地球人だって宇宙人じゃないか
そう言う人もいます。
もっともなことですが屁理屈です。
そういうこと言う人は嫌われます。実験済みです。

というわけで「地球外生命体は存在するか」にテーマを変更すると

宇宙に行っている宇宙飛行士の人たちは
地球外にいる生命体じゃないのか
と、いう人もいます。

そういう空気の読めない発言は
取り返しのつかないことになる前にやめた方がいいと思います。
経験者は語ります。


と、どうでもいい事書いててもしょうがないので本題ですが

まぁ僕としては存在しててもいいかもしれない

ぐらいで考えてます。

地球という星が存在してるんだから
同じような状態の星があってもおかしくはないと思うのです。

まぁしかし、正直なところとしてはどうでもいいんですけどね。

宇宙人がいるかどうか気にするぐらいだったら

もっと身近な人のことを気にした方がいいかな
と思います。


ここ最近よく分からないことばっかり書いてたので
ちょっとはマシな事書こうと思いましたが
結局同じような内容になってしまいましたね。

では。
さっき行ってきますって書いたのは
どこのだれだよとか自分でも思っていますが
ここにいる僕ですよ。

猫のことを、ニャーゴと呼んでる子がいたとして
その子がペットとして猫を売ってるお店に行ったとしたら
その子はお店のことを「ニャーゴ屋」
って言うのかなぁとか真面目に考えたりしてました。

最近自分の頭が心配になってきます。
こんなんでいいんだろうか?と。

まぁでも
今日が僕のこれからの人生の
最初の一日なわけですよ。
前向いて歩いていこうじゃないですか。

ちなみに上向いて歩いてたら
転んでしまいますから
たまには足元も見た方がいいと
僕は思ったりしてます。

では、今度こそ行ってきます。
実は今日は名古屋の友人のところに行く用事があって
ブログを書いてる暇があるなら
とっとと準備しないといけないんですが
まぁ思いついたので


魚が好きな人にとって魚料理たくさんは幸せなんでしょうが
魚が嫌いな人にとっては拷問でしかないのでしょう。

まぁなんといいますか
同じ事象でも人によって感じることはまちまちなのですよね

魚好きから嫌いな人を見れば
「なんでこんなにおいしいもの食べられないの?
 魚は身体にいいんだよ?」
とか言うんでしょうが

嫌いな人から見れば
「なんでこんなもの食べられるの?
 なんかヌメヌメしてそうだし、気持ち悪い」
とか言うかどうかはちょっと分かりませんが。

どちらも相手の言い分はそう簡単には分からないのでしょう。

こんなのは人間だけなんでしょうね。
一人一人別な考え方をしているのは。
あーめんどくさい。

でも分からないからこそ分かろうとするのであって
分からないけど分からないなりに分かろうとすることが
大切なんじゃないかと思うわけです。

一番よくないのは自分が絶対に正しいと思うこと
だと僕は思います。

まぁ正しいと思うこと自体はいいことかと思いますが
それはあなたにとって正しいだけであって
他の人にとっては正しくないこともあるわけです。

結局なにが言いたかったかというと
人の気持ちを考えましょうね。
ってだけだったりします。

名古屋の友人のところに遅刻しそうな
自分へのメッセージだったりします。

というわけでそろそろ名古屋へ行ってきます。
では。
お風呂で思ったこと。

前にどっかで、子供から
「なんで人を殺してはいけないの?」
って聞かれたときどう答えればいいか
そんなようなことが書いてあったのを見た気がした。

殺されたくないから殺してはいけない
って理由だと
殺されてもいい人は殺してもいいことになる

まぁ難しいですよね。

確かその時の結論は
「理由なんてない。ダメなものはダメ」
ってな感じだったと思います。
要はいいとか悪いとかそれ以前の話だそうです。


ということを書いていたらふと思ったのですが
人間は動物の肉とか魚とか野菜とかいろんなものを食べるわけですね。

で、よく人間が食物連鎖の頂点だと聞きますね。
でもはたして連鎖してるのでしょうか

僕が学校で習ったときには頂点は確かライオンで
「ライオン食べる動物なんていないよ?」
と、僕以外の誰かが言っていました。

すると先生は
「ライオンは死んだあと土になって
 微生物とかがそれを栄養とするんだよ」
って言ってました。

頂点だから数は少ないはずなのにライオンの栄養素はすごいんだなぁ
って思ったかどうかは記憶にございません。

まぁなんというかあんまり頂点って感じじゃないですよね、人間って。


というかそんなことが言いたかったのではなく
食物連鎖でいう一番下の部分
微生物とか植物かな?のところっていうのは
数も多いわけで一つ一つに必要な栄養とかは少なくていい訳で

逆に頂点?の人間はそのたどった先にある
数えきれないものがいないと生きていけないわけですよね。

それって逆に一番下なんじゃないでしょうか。

肉とか魚とか野菜がないと生きていけない人間と
(ってわけでもないかもしれませんが)

別に人間なんていなくても生きていける微生物や植物や他の生き物たち

どっちの方が…

とか思いましたがそんなこと言ったら
助けられないと生きていけない赤ちゃんはどうなのか?
とかそんな話になってしまうとちょっとまた面倒なので


支えられるのが悪いといっているわけではありません。
大事なのはそれを当たり前のことだと思わないこと。
そして、できることでいいから返そうとすること。
それができれば幸せじゃないかと僕は思います。


と、珍しくまともな感じにまとめてみました。
それでは。
おはようございまふ。

昨日あれだけ雨降ったせいか
何だか空気が綺麗な気がしなくもなかったりします。
こういうのを気のせいというのでしょう。

うぅちょっと寒いよぅ。

まぁそんなわけで、
「人って言う字は支え合ってるのを表しているんだぞ」

って言うと、
「人って言う字は片方が完全に寄りかかってる形だよね
 支え合ってるんじゃなくて、一方的に支えられてるんだよ」

って言う人が必ず(とは言いきれませんが)いるでしょう。
でもですね、このブログでの「人」って字や最近読んだ本の中の字は
右も左も同じ長さなんですよね。
つまりこれこそが人の正しい姿だといいたいわけですね!

と、寝ぼけてて完全に暴走してましたが
結局なにが言いたかったかというと

同じ長さでも片方が寄りかかってる形でも
どちらにせよこの体勢はきつくないのだろうか、と言うことなのです。

まっすぐ立った方が楽じゃないかな

ってなわけです。

まぁどうでもいいことなんですけどね。

まぁしかし支えること支えられることはいいこと?だと思います。

寝ぼけていますね。
さて、お風呂にでも入ってきましょうかね