さて、晩ご飯の時間です。

今日のメニューはみそ汁と野菜ジュース。
味噌のアミノ酸と野菜の栄養素が一緒にとれます。
何て素晴らしいメニューなのでしょう。

冗談ではありませんのです。
けっこう本気で思ってたりします。

9月に入って最初の週は
晩ご飯とか別にいらなくね
ってな感じで晩ご飯抜きにしてましたが

少し前に買ってあったインスタントのみそ汁を見つけ
野菜は必要だろ
って思ったので今の状態に落ち着きました。

ちなみに朝は毎食コーンフレークなどのシリアル系です。
健康にいいのか悪いのかよく分からない食生活ですね。

まぁしかし晩ご飯がみそ汁と野菜ジュースになっても
まったくもって体調その他に変化がないっていうのは
どういうことなんでしょうね。
食べてなかったときも特に何ともなかったし。

今までは晩ご飯については栄養がまったく
吸収されてなかったんじゃないかと思ったり思わなかったり

そういえば同じように9月に入ってから
布団じゃなく畳で寝るようになりました。
何でか分かんないけど畳で寝た方が目覚めがいいんですよね。

そういえば昔父親におなかすいたって言ったら
「おなかがすくのは生きてる証拠。まぁ水でも飲めば。」
って言われたことがありました。
まぁそれだけなんですが。

と言うか今書いたの前にも書いた気がしたりしなかったりしますが
まぁ過去は振り返らない方がいいって
誰か言ってた気がしなくもないので
気にしないことにします。

では、おやすみなさい
じゃなかった、いただきます。
もうそろそろ読む人いなくなってるだろうなと思うその5

記憶力について

単純に年齢だけを考えるなら
世間一般としてはまだ若い部類には
入っていると思われたくないけど
思われていると思ってます。
(もう脳は収縮を始めてますが)

しかし記憶力については
中学生の時にはもう低下してた気がします。
(ちなみに中学生以前の記憶がほとんどないため中学生から)

日常生活送れないようなものでは全然ないんですが
必要ない記憶はすぐに無くなるというか(ん?普通かな?)

要するに夏休みとかになると
クラスの人の名前と顔を忘れてたりしてたわけです。

まぁ実際に会えばすぐに思い出したりしたのですが
例えば会っていないときに
「○○くんがね~」
見たいな話を聞いても

○○くん、うん、居たのは覚えてる。
顔はどんな顔だったかな、目が二つで鼻が一つで耳は二つで
うん、まぁどうでもいいや

みたいな感じ。

まぁ必要ない記憶を消去するのは必要なことだろう。うん。

まぁそれだけなんですけどね。


あと、ついでに。
例えばラーメンを食べたとして
「ここのラーメンはあの店よりもうまい」
とか言う人いるけど(みんな言うのかな?)

そんなに長い間食べ物の味を覚えていられるもんなんですかね

僕なんてだいたいなに食べても(嫌いなもの以外に限る)
そもそも比較対象を覚えていないから
まぁこんなもんかって結論を出して
「おいしい」と判断する。

しかし言い方を変えればなに食べても普通なわけでもあって

幸せなのかそうじゃないのかよくわかんないですね。

そんなわけで今まで食べたものの中で
一番おいしいと印象に残っているものは
今朝食べたコーンフレークだったりします。

健康って大事ですね。

では、さすがにそろそろやめようと思いつつその5おわり
書くこと思いつきませんが
まぁ書いてれば思いつくだろうとその4

好きこそ物の上手なれ

って言葉がありますけど
好きって何でしょうね。

りんごが好き
サッカーが好き
彼とか彼女が好き

同じ好きなんでしょうかね

ちなみに僕が好きなものは(食べ物では)
嫌いなもの以外でおいしいものだったりします。
まぁ要するにおいしいものか。

りんごが好きって人は腐ったりんごも好きなんですかね
サッカーが好きな人は四六時中サッカーやってれば幸せなんですかね
まぁ極論ですね。屁理屈かな

まぁそんなことは置いといて

甘いからりんごが好きって言うなら
甘くないりんごは好きじゃないわけだし
じゃあ甘い苺だって好きなわけで
それなら甘いものが好きだって言えよー

って言ってると友人は離れていきます。
離れる友人がいない人は言ってても問題ないです

まぁ結局なにが言いたいかといえば
人が考えてることってよくわかんないよねー
って言いたかったんじゃないかな
と思っていたいです。

まぁそんなこんなでその4(だったかな?)おわり
だれのために書いているか分かりませんが
考えていることを書き留めるのは大事だよって
いつの日かだれか僕に言ってくれる気がします。

というわけでその3

さっきは変とか変じゃないとか書きましたけど
そもそも変とか変じゃないとか正しいとか正しくないとか

そんなのだれが決めるんですか
ってまぁ自分が決めるしかないんでしょうね

誰かが僕に向かって「君は変だ」
って言ったとしても、結局それはその誰かさんの考え方であって
だから間違っているともいえないわけで

しかし正しいとも言えないわけで

そんな不安定なもののうえにいろんなものが成り立っているわけで

自分の選択を他人からは間違いだといわれることもあるでしょうし
その逆だってあるでしょう。

まぁしかし正しいと思っていれば何やってもいいのかといわれると
まぁやれなくはないんですよね。

ただその後に他の人が正しくないと思うのなら
それに伴って何かしら正しくないと思う人からやられるだけで

この話題はあんまりすすまないのでこの辺にしときましょう。

ということで書くことあったら続けます。

その3おわり
はい、暇なのでその2

車は窓だらけなのに
家にはそこまで窓がないなぁ
とふと思いました。

自分の頭が心配になってきました。

中を見られたくないって言うなら
中が見えないガラスもあるでしょうし

むしろガラスだけで家作ったらどうかな
とか思いましたけど耐久性に不安がありますね。

って言ってもガラスの性質とか詳しくないので
よく分かんないんですけど。

写真とは真を写すと書くわけですね。
つまり人間の目がいかに真実を見ていないのかを
比喩した言葉なのかもしれませんが

結局その写真だって人の目で見るわけで
そうなるともう写真とは言えないんじゃないかとか
そこんとこどう考えてるんですか

と、写真好きの人に聞いてみたら
どう考えても友好的な答えが返ってこないどころか
ちょっと変な目で見られるかもしれないので
やめときましょう、というかどうでもいいことですけど

ちなみに変な目で見るというのはどういうことなんでしょうね
要するに変なものを見るには見る方もチューニング的なことをして
目を変にして見ないといけないってことなのか

そもそも変なものなどない
見る方が変だと思うかどうかなのである
ってな感じなのか。
まぁどっちでもいいんですけど。

そんなこんなで長くなったのでその2おわり