arutoru16のブログ -2ページ目

arutoru16のブログ

ブログの説明を入力します。

波子の殺人者推理3

あの事件から3年が経過した。田中警部と部下の若い清水精二刑事がペアになり、私と波子さんがペアで捜査にあたった。また犯人はのうのうとして生きている。啓示は焦りと怒りを隠せなかった。しかし東村山署長には我々が引き続き秘密で捜査しているのはまだバレテいなかった。殺された美人の20歳前後の身元確認を優先しないと、捜査が始まったとはいえない。警視総監は「民間人の警察への協力」を日ごろ強調している。私と波子さんのペアは民間人である。警視庁身元不明相談室がある。すでに3年も経過すれば死体から遺体に名称も変わってくる。平成14年から遺体になり警視庁の地下に無念仏として眠っている。平成24年五月に殺されリスト(データ・ベース)に 20歳前後の若い女性は記載されていなかった。このリストを見て、驚いたのは 60歳以上の女性がほとんどであった。平成21年すなわち3年前それらしき女性はリストになかった。ここで「死体」と「遺体」の違いについて、日本の報道機関によると、一般的に死者の身元は不明の場合は死体となり、身元が判明した時点または、はじめからわかっている場合は「遺体」と呼ぶ。したがって、死体遺棄とは死体を遺棄すること、特に人間の遺体を葬儀に絡む社会通念や法規に沿わない状態で放置することをいう。したが、市役所構内にころがっていた女性は「死体」と呼ぶ。まだ当分、解決されそうもない事件なので、基本的には「二人の刑事が一緒に捜査する」であるが、この原則は犯人を追いつめた時のことであり、若い女性の身元を割り出すのが第一であり、田中警部は東京23区を捜査し、部下の清水刑事は多摩地区を捜査するようにした。この方法の方が効率は 2倍に広がる。清瀬市多摩地区であるので、この若い女性は三多摩にすんでいた可能性の方が強いと想定しがちであるが、市役所から24時過ぎに出ていく車は監視カメラに映っていなかった。犯人はおそらく、車のテールランプを消し、もちろん、ヘッドランプも消してすべてを暗闇にして出て行ったと想定される。この1年目を振り返ると波子さんは女子医大に1ヵ月入院し、女の赤ちゃんを無事出産した。啓示は土日には必ずお見舞いをしていた。3年後には 3歳の赤ちゃんになっていてヨチヨチ歩きをして机の上にある原稿用紙にいたずら書きをしたりしてかなりいたずらが好きな赤ちゃんであった。でも、それが私はかわいくてしょうがなかった。その後、波子さんと新聞記者の啓示は民主党・自民党の議員のお宅まで赤いベンツで朝を訪問すると大抵、議員はまだ寝ていて奥さんがおこし、10分ほど会えた。警視監にもあったが毎朝の記者の名刺を渡すと政治家の名前は頑として教えてくれなかった。何かのお互いに癒着、例えば政治献金の取り締まりを警視監が無視するなどの匂いがした。又は警察にある裏金の問題かもしれない ?とにかく不正をやっている匂を感じた。波子さんには警視監は「貴女のお父さんは高級官僚の中でも能力があった。」お世辞を言っていた。政治家の中でも警視監と仲の良かった議員にも会ったが「そんなことは知らん!」の1点張りであった。1年の初めに田中警部から、いま大田区の田園調布に来ている」と波子さんの携帯に一報が入った。至急、現場へ来てくれ!私は携帯電話が苦手であった。波子さんに「携帯が苦手で、しかも車の免許証も更新の講習会に行かなくて、免許も流してしまうなんて無精者ね」と私は叱られた。さらに「これから赤ちゃんが生まれたので、あなたの赤ちゃんでもあるのよ。私が全面的に育てる訳ないでしょう !」といわれ、私は「波子さんがいなかったら生きていけないよ」といったら波子さんは「あなたは30歳も私より年齢が上で、しかも女性の方が長生きするのだから、また繰り返しになるが一生面倒をみるから安心してね」といわれ一時は地獄へ落ちていった気分が地上に戻った。波子さんは「大田区北西端の高級住宅街、田園調布よね」「私も行ったことがないからわからないが、芸能人などが多くすんでいる」とは聞いているけれど。波子さんが「パソコンで調べたところ池袋→目黒 →田園調布・片道 36分かかるわ」であった。私はこれなら「電車で行った方が早いよ」「そうね」「身支度してくるわ」といって、タンスの前にいった。後ろから、私は彼女の白いショーツくるまれた大きなお尻とブラジャーを見て、抱きたくなった。しかしそんな時間はなかった。今晩にしようと思った。田中警部は駅の近くにあった、田園調布病院のロビーにあるソフアで警視庁の刑事4名と一緒に何やら話していた。私は田中警部を別のソフアに呼んだ。私は「このAV女優は有名な女優です。私は時々「パソコン」でエロDVDを見ますが、見覚えのある女優です。現在は普通の女優よりAV女優の方がきれいな女優を揃えています。ウラで人気が在るのはAVですからね!理由は「コンビニ」手軽に千円で買えますからね!警部は「AV女優のマンションに免許証・健康保険証・及びA社の専属女優まで調べは就いている。しかも幸いにも軽傷で済んだ。頭を強く打っていなかったのが幸いした。犯人はマンションの外階段の5段目の踊り場からAV女優の背中を押したので、下までコロガリ落ちれば重症或いは死んでいた。犯人の目的は殺す心算であったのは明らかだ。ところが、運良く4段目に在った荷物にひっかかった。今晩は入院させておいて、あす警視庁の刑事と所轄の東村山署との合同捜査になるだろう。犯人もAV女優から事情を聴かないと全く分からないし、負傷の具合もドクターに聞かないと詳細については分からない、今晩シヨック死という可能性もある」従って今のところを、秘密にしておく。あす朝、君の清瀬通信部に連絡するから安心してくれ。今晩は私も帰宅するので君たちも帰宅してよいよ」といわれ目黒経由で波子さんの自宅へ帰った。電車の中で、波子さんは「AV女優であると、犯人はヤクザかも ?女のカンは当たるのよ。それに「20歳前後の女性」としたら「清瀬の事件と何か関係があるかも ?」私は、「それはあり得るかも」波子さんはあなたの土曜日の午前中に来る前に暇を持て余し「次は推理小説を書く、ばかりが頭に浮んで来て、TVで夜の9時から11時までやる事件物を見ているの。最後に脚本家あるいは原作者の名前が出てくるので、その作者が書いた単行本をさっそく購入して読むと涙が出てくる作品もあるわ。松本清張の物語もよいし、政界・財界・私の父の官僚の世界・警察の裏側など。浅見光彦シリーズの内田泰夫の文章など、芥川賞受賞作文書より、しっかりしているわ」波子さんはさらに続けた「芸能人」とは ?をブルタニカ国際大百科事典で読むと「演劇、舞踏、音楽、映画、演芸、巷間芸能などを職業とする人、またテレビ、ラジオ放送の出演者も意味する。過去にはその社会的地位が低かったため、大衆的な人気とは別に卑賤視された。しかし、今日ではマス・メデアの発達につれて社会的評価も変化し、活動範囲も広くなってきている。AV女優も以上に入る。以上のような話し合いをしているうちにあっという間に池袋についた。私は「お腹がすいたので、サンシャインビルで食事していかない ?」と彼女に訊いた。「私も同じよ」といって、二人でビルに向かった。私は「このビルに来ると一つの町のような気がして、レストラン、和食、衣類、雑貨、プリンスホテルまであるのに常々驚いていた。たしか水族館までもあるのだよ」と彼女にいった。彼女は「私の自宅から近いので、ちょいちょい来るのよ。小説は1日中、書いていられるものではないし、それに必ず、書いていると問題の表現をどうしようかと必ず迷う時がやってきて、イライラしてくるの。そんなとき散歩を兼ねて、ここにきて、ウインドーショッピングをしたりすると、その問題を一時的に忘れて 2時間ほど歩いて自宅へ戻ると、以上の回答が頭の中に浮んで、また12時間ぐらいは 書けるわ」「それは良い方法であると私も思うよ」彼女は「昼食だから軽食でよいでしょう ?」私も「ブルーマウンテン」などのシングルコーヒーのおいしい店知っている ?」と尋ねた。彼女は「もちろんよ、コーヒーだけでなくってサンドウイッチなど軽食の店へ行きましょう」エスカレーターやエレベーターで 6階についた。店には女性が多く談笑していた。私は「ブルーマン」とサンドイッチで良いよ」というと彼女は「ここの野菜サラダはすごくおいしいのよ」といったので君と同じもので良いよ。といった。ここの喫茶店兼フルーツパーラーにずいぶん広いね!」彼女は「一人ではあまり来ないわ」といった。私は彼女に自宅での悩みについて告白した。彼女なら、聞いてくれると思っていたからであった。実は私の妻も病気を抱えて生きている。彼女の父からの遺伝であると推察されるのだけど、糖尿病にかかり、1か月に半日ほどかけて、清瀬の周辺で有名な都立昭和病院に通院している。夜寝る前に自分でインシュリンを注射している。と言うことは、かなりの重症なのだと思う。妻には貴女と付き合い始めた10年ほど前に私は離婚届を市役所からもらって、一時離婚を本気で考えた。原因はいろいろあるけど女性なのに負けず嫌いで、そのうえ生意気と下げマンの女であり、結婚当初から考えていた。要するに性格の不一致と言葉遣いが荒っぽくて、私は妻を女性として感じなかった。しかしはじめのうちは、わたくし自身が仕事に追われたり、上司とスナックで飲んで毎日24時ごろ帰宅し、話しもしないで疲れて寝てしまった。その内長女が生まれ、2年後に長男が生まれた。彼女も書道塾の教師を 2カ所行っていて、滝山団地で30名ほど、誠寿司の 2階で20名ほど、計50名ほど二日に区分し指導していた。生徒に指導するような態度で私にも向かった。高校卒業後、会社生活はまるで、していなかったので大人の付き合いを知らない。したがって独断と偏見が強い女になった。加えて、長女は小学校2年の時、急性の腎臓炎に罹患し、これが引き金となり、小学校5年生~小学校6年生に悪化して、厚生省で難病指定をしている「ネフローゼ」になり、都立小児病院に2年間も入院した。その前は埼玉県の高麗川で東急不動産に勧められ、住宅ローンを組み、約5年間住み、その後やはり東急の一ランク上の高麗に引っ越し、これもローンを支払っていたが、彼女は書道塾を経営していたので、お金には困っていなかった。妻は大胆な性格をしていて、一戸建てにこだわり、私の年収も良い方だったので、娘の病気を治すために、わざわざ清瀬に越した。さすがに私も約4千万の家を買うときは反対した。小手指に約3千万の家があったので、その方が金銭面で安いので安全でそっち勧めたのだけど、彼女は言うことをきかなかった。都立小児病院がある清瀬に住むことになった。私は結婚当初から、お金の管理を彼女に任した。清瀬に移っても、私の小遣いは減らさないとの約束をしていた。従ってお金には困らなかったけれど(株式会社)社会調査研究所の給与は他の会社の給与水準より良かった。また年功序列の会社で、30歳で課長 35歳で部長と昇進していった。国立東京工業大学を卒業しているので、その性もあったのだろう ?ここで、貴女に言いたい結論は、妻は医師に性交渉を禁止されていた。今でも、妻との結婚は失敗であったと後悔している!したがって私は妻ができない面を貴女に託したのだ。貴女には常に感謝している。もし貴女がいなかったら自殺でもしていただろう。「全面的にあなたが死に至るまで面倒をみるから!」などと言ってくれる女性はこの世にいない。従って貴女は私の女神様看たいな者だよ。彼女は「運命であるから仕方がないじゃない」と言ってくれた。食事後、彼女は「今晩の確か 9時~ 11時まで「西村京太郎のサスペンス」をテレビで視聴しましょう。早く帰りましょう。夕食は「ピザをとるから、それでよいでしょう ? その後、今晩はセックスの方は私が頑張るので、あなたはベッドで大の字になっていればそれで終わりよ。それと赤ちゃんが生まれたので、シングルベッドからダブルベッドに変えたのよ。今のところ「赤ちゃんベッドで寝かしているので必要がないのだけど」

  *この作品はフィクションであり、文中に登場する人物、団体名は実在するものとは一切関係がありません。

ドキドキ

波子の殺人者推理2

車内で波子さんと雑談した。「君はたしか30歳になったばかりだよな」「何、とぼけたこと言っているの、あたりまえじゃない」私は頭の中で「過去を顧みていた」波子さんが20歳で立教大学の文学部の学生で、最愛の幸子さんを白血病で亡くし 意気消沈していて、気持ちが落ち込んで、池袋にあったクラシック喫茶で波子さんに出会った。たしか学校形式のテーブルの右側にスタンドがあり、椅子は二人しか座れないようになっていた。私の席を素通りして、前の席に座った人がテレパシーで天国にいる幸子さん ?その時、直感した。失礼を承知の上で、前の席に座った女性を立って確認した。今は亡き幸子さんと瞳を除けば、限りなく似ていた。彼女は「何か用事でも ?」といわれ私は「後ろにあった自分の席へ戻って、どうしようかと思案していた。幸子さんと出会ったときと同様に」「この機会を逃したら、二度と会えない。心が痛んで、雑念が瞬間的になくなり、無意識に前にいる彼女の肩を右手で触った。すると神の手助けにより、彼女は「今日は、あなたとお話しするわ。何か事情がありそうなので」と言ってくれた。私はオドオドしながら「勉強するために、ここに来たのに邪魔してごめんね」といって、彼女の左側に座った。彼女は積極的な女性であった「自己紹介するから!といって便せんにきれいな字て、住所・〒番号・電話番号など」を書き出した。私はその時、パックの中にはスプリング式のノートと学生時代に書いた日記(1年分)しかもっていなかった。後ろの席に戻り、最初はスプリング式ノートを一枚破り、自己紹介を書こうとしたが、トッサに、これでは彼女に失礼であると思い、思い切って彼女に「便せん1枚くれる ?」「よいわよ」といわれてホットした。彼女は「便箋に自己紹介を書き終っていたらしく、よかったら、この項目を書いてね」と言われたので、私としては丁寧な文字で彼女の書いた項目をマネして書いて渡した。その後、いろいろな話しをして、池袋駅まで、手をつないで送ってくれた。私は女性の柔らかい手のぬくもりを感じたのは何年振りであろうか。・・毎週土日に彼女宅へ伺う約束をした・・「清瀬市役所に女性の死体がころがっていた殺人事件」の現場検証に行くことになった。彼女は運転中も、初めての道路を走るので、注意深かった。私は前節に書いた通り、曲がる場所とかニカリの家具店で左に曲がり、志木街道に出る等を上記の事柄を考えていても、彼女に指示するのは忘れていなかった。清瀬市役所へ我々は到着した。車を駐車場に止めて、タイヤ痕があるのかないのかと監視カメラを注意深く見てまわった。監視カメラは 15ヵ所ほどもあった。しかしタイヤ痕を 見つけるのは困難であった。普通の道路は滑らかであったが市役所内の道はコンクリートであった。何台もの車が出入りするので「ギザギザ」になって居た。我々は 10分ほどで現場検証を終了した。波子さんが「志木街道沿いにあるファミリーレストランに入り、現場の状況をでも話し合いましょう」といった。私も疲れていたので同意した。私はアイスコーヒーを注文し、彼女はバニラクリームを注文した」私は一気に以下のことを彼女に説明した。これは常々思っていたことであった。政治家は警察に強く、警察は暴力団に強く、暴力団はマスコミに強く、マスコミは政治家に強い。このような連鎖構造は一般市民には関係ない。憲法上は国民が一番強いことになっているが、国民はどれに対しても弱い立場に立たされている。本来ならばマスコミが国民を代弁すべき立場なのであるが、新聞は料金を払って購入しているから、ある程度をチェックできるが、民放のテレビは無料であるゆえに国民世論に忠実ではなくてもチェックは受けにくい。テレビでは NHKが有料でスポンサーにも影響を受けない唯一のテレビ局である。あとの民放は視聴率とスポンサーの方にばかり目が向いている。だから日本のマスコミは外国に対して八方美人であり、アメリカに対して世界のリーダーとおだてあげ、中国を世界の工場と絶賛する。韓国をIT先進国と絶賛する。すべて外国の対日本世論工作の結果そうなる。その結果、溜まったマグマは何かの事件をきっかけに爆発する。それはアメリカのイラク攻撃であり、北朝鮮の拉致問題等である。公正中立(スイスの様に)に報道していれば、このようなことは起きない。では真の国民の利益を主張してくれる機関はないのだろうか ?政治家は選挙期間中しか国民に耳を傾けない。若くて、かわいい大学生をアルバイトで雇い、いかにも国民のために努力すると公約するが、当選すれば嘘のカタマリである。逆に国民から「先生」とおだてられ「イバル」。そして警察や暴力団を使って利権ブローカーで稼ぐ政治屋なのだ。従って、国民が国益や民衆の利益を確保するために、政治家や警察やマスコミに向かって主張をしてゆくべきだ。これらの関係がなれ合いになったところに、暴力団が入り込み社会をゆがめていく。警察は暴力団の手先となった政治家を骨抜きにして、現在では検挙率 2割を割ってしまっている。気がつかない内に日本社会は崩れ去り、無秩序で犯罪者があふれた無法地帯になるだろう。「私が組織のアウトサイダー」で述べた事柄とダブル面がある」があるが、許してほしい。我々はそのまま東村山署に向かった。田中警部にあって、我々の確認した市役所の状況を説明しなければ、と思ったからだ。私は毎朝新聞社の記者なので、門の前に立って訪問者をチェックしている警察官に右手を挙げ、入署する合図をした。受け付けに居た美人女性警察官は顔馴染なので問題はなかった。田中警部は他の事件を、追っていて、留守であった。署長室も1階にある。刑事1課のドアーと同じく、署長室も開かれていた。受付嬢の前にはノートパソコンがあり、受付簿に氏名・住所・〒番号を記入するとパソコンでチェックできるからだ。そのため11回ぐらいの割合で巡回担当の巡査が家庭訪問しているのだ。2日前に、署長は「市役所での女性殺人事件は、ある政治家から警視監に電話が入り、事件はなかった事にしてくれ」といわれ、警視から、署長の私に「事件はなかったことにしてくれ」と電話が入り、捜査1課の刑事一同にも秘密にするように命令した。おそらく暴力団がらみの「痴情」か「怨恨」だったのであろう。承知の通り、本人の身元をも分からず、司法解剖も警視庁で行われ、青酸系の中毒死としか考えなかった。マスコミにも秘密にしている。毎朝の夕刊に少々を書かれていたが、その後、警視庁にも国民の皆さんからクレームは、なかったそうだ。君が発見者であり、あとは田中警部が初動捜査をしたわけで未解決事件として処理した。亡くなった女性の身元も分からなければ検察も動けない。波子さんも署長の話しを聞いていて、私には「犯人と亡き女性は親しい関係にあったとしか、今のところを言えないわね」。我々が東村山署から帰路に就くために門を出たとき、た。田中警部と出会った。警部はすぐ近くに喫茶店があるから、そこで「君たちに話して置きたい事がある」といって、5分ほど歩いたところにその喫茶店があった。古びた喫茶店であった。電灯が普通の薄暗い「ともしび」を発していた。木の床を歩くとギシギシと音がした。警部はこの喫茶店は夜中には「バー」になるんだよ。彼はここに来ると故郷の思い出が不思議に出て、父と兄貴が酒を飲んでいる姿を思い出し、私を落ち着かせてくれる。我々は古びた木のテーブルと椅子は四つある所に座った。警部が話しだそうとしたとき、ケッコウきれいな女性のウェトレスが注文を聞きにやってきた。警部はアイスコーヒーを注文した。君たちは ?同じ「アイス」でよいです・と波子さんが言った。警部が開口一番に私は「ノンキャリア」で「キャリア」とは考え方も人柄も反対になっているのだよ。警察組織など、簡単で、「キャリア」が組織を作ったり、法律の作成にあたって民主党に助言したりするデスクワークがほとんどで、我々は会社でいえば平社員の営業マンと思えばよい。即ち、捜査をするのは私たちの仕事で、刑事の長年の勘と足で稼いでいる。ノンキャリアの働く場所は現場である。犯罪検挙率が年々落ち込んでいるうえ、不祥事も続発して近年、何かとマスコミ(高橋君の父は毎朝の敏腕記者で、ノンキャリアの間で有名であった。毎朝の田無通信部の主任の時、毎朝の上層部は一匹オオカミの方が向くと反断していた。警部は私も君のお父さんを尊敬しているよ。何故ならば私も警察のキャリアから同じ人間として判断されているから)何かと世間をにぎわすことも多い警察組織。確かに、街頭では警察官の姿をよく見かけ、テレビをつければ刑事ドラマが流れている。警察官は最も身近な公務員といっていいだろう。1991年三月、暴力団対策法(暴対法)が施行された。これは組織化・巧妙化する暴力団犯罪を取り締まるための法律で、この法律によって、暴力団はすっかりシノギがしづらくなったといわれている。警視庁でも、従来までのマル暴こと捜査四課に加えて、新たに暴力団対策課を設置し、暴力団組員の「組み抜け」や市民からの相談を受けるなどしているが、実はこの暴対法、現場のたたき上げのマル暴刑事の中では、この法律のせいで「仕事はやりづらくなった」という声が少なくないという。確かに、暴対法は暴力団の資金源を抑えるのに効果があった。「指定暴力団」に指定されると、検挙が可能になった。結果として、飲食店に対してミカジメ料(用心棒代)を請求することはできなくなった。暴力団の中には、財政難で解散してしまったところもある。しかしその一方で、暴力団による犯罪は、より巧妙になり、地下に潜るケースも出てきた。日本の「ウラ社会」というのは、そう簡単には法律で取り締まれない。法律で締め付ければ、暴力を売ってしまうのは本当のワル。今回の清瀬市役所の殺人事件は難問である。私が刑事の期間中に 3年以内に解決したい。急ぐと危険がある。解剖も警視庁、行われたので、私には分からない。くどくて申し訳ないが君たち二人と私の部下の若い刑事(刑事はペアで動くのが原則)とこれからやるべきことを分担する。・・45歳の警部はここで少し考えていた・・松本波子さんのお父さんは元高級官僚(大蔵省)であったので、官僚の仲間が多いと思うので、それとなく警視庁へ圧力をかけてきた政治家の名前を特定する。高橋君は毎朝新聞社の社会部と連絡を密にして暴力団の動向を調べてくれ!もし記事にするような事件が起きていれば事前に私に連絡してくれ。これは3人だけの秘密事項である。警部はキャリアから言わせると命令を守らないという理由で懲罰委員会にかけられる可能性もある。刑事が毎日やるべきことをしながらでも、残業・交代制を使い、署長にはバレないようにする。1日に 3~4時間は、この事件の全容を読むつもりでいる。とにかく、「迷宮入り」にはしない。

    *これはフィクションであり、文章に出て来る個人名・団体名も実存しません。続きます。

ドキドキ

波子の殺人者推理2

車内で波子さんと雑談した。「君はたしか30歳になったばかりだよな」「何、とぼけたこと言っているの、あたりまえじゃない」私は頭の中で「過去を顧みていた」波子さんが20歳で立教大学の文学部の学生で、最愛の幸子さんを白血病で亡くし 意気消沈していて、気持ちが落ち込んで、池袋にあったクラシック喫茶で波子さんに出会った。たしか学校形式のテーブルの右側にスタンドがあり、椅子は二人しか座れないようになっていた。私の席を素通りして、前の席に座った人がテレパシーで天国にいる幸子さん ?その時、直感した。失礼を承知の上で、前の席に座った女性を立って確認した。今は亡き幸子さんと瞳を除けば、限りなく似ていた。彼女は「何か用事でも ?」といわれ私は「後ろにあった自分の席へ戻って、どうしようかと思案していた。幸子さんと出会ったときと同様に」「この機会を逃したら、二度と会えない。心が痛んで、雑念が瞬間的になくなり、無意識に前にいる彼女の肩を右手で触った。すると神の手助けにより、彼女は「今日は、あなたとお話しするわ。何か事情がありそうなので」と言ってくれた。私はオドオドしながら「勉強するために、ここに来たのに邪魔してごめんね」といって、彼女の左側に座った。彼女は積極的な女性であった「自己紹介するから!といって便せんにきれいな字て、住所・〒番号・電話番号など」を書き出した。私はその時、パックの中にはスプリング式のノートと学生時代に書いた日記(1年分)しかもっていなかった。後ろの席に戻り、最初はスプリング式ノートを一枚破り、自己紹介を書こうとしたが、トッサに、これでは彼女に失礼であると思い、思い切って彼女に「便せん1枚くれる ?」「よいわよ」といわれてホットした。彼女は「便箋に自己紹介を書き終っていたらしく、よかったら、この項目を書いてね」と言われたので、私としては丁寧な文字で彼女の書いた項目をマネして書いて渡した。その後、いろいろな話しをして、池袋駅まで、手をつないで送ってくれた。私は女性の柔らかい手のぬくもりを感じたのは何年振りであろうか。・・毎週土日に彼女宅へ伺う約束をした・・「清瀬市役所に女性の死体がころがっていた殺人事件」の現場検証に行くことになった。彼女は運転中も、初めての道路を走るので、注意深かった。私は前節に書いた通り、曲がる場所とかニカリの家具店で左に曲がり、志木街道に出る等を上記の事柄を考えていても、彼女に指示するのは忘れていなかった。清瀬市役所へ我々は到着した。車を駐車場に止めて、タイヤ痕があるのかないのかと監視カメラを注意深く見てまわった。監視カメラは 15ヵ所ほどもあった。しかしタイヤ痕を 見つけるのは困難であった。普通の道路は滑らかであったが市役所内の道はコンクリートであった。何台もの車が出入りするので「ギザギザ」になって居た。我々は 10分ほどで現場検証を終了した。波子さんが「志木街道沿いにあるファミリーレストランに入り、現場の状況をでも話し合いましょう」といった。私も疲れていたので同意した。私はアイスコーヒーを注文し、彼女はバニラクリームを注文した」私は一気に以下のことを彼女に説明した。これは常々思っていたことであった。政治家は警察に強く、警察は暴力団に強く、暴力団はマスコミに強く、マスコミは政治家に強い。このような連鎖構造は一般市民には関係ない。憲法上は国民が一番強いことになっているが、国民はどれに対しても弱い立場に立たされている。本来ならばマスコミが国民を代弁すべき立場なのであるが、新聞は料金を払って購入しているから、ある程度をチェックできるが、民放のテレビは無料であるゆえに国民世論に忠実ではなくてもチェックは受けにくい。テレビでは NHKが有料でスポンサーにも影響を受けない唯一のテレビ局である。あとの民放は視聴率とスポンサーの方にばかり目が向いている。だから日本のマスコミは外国に対して八方美人であり、アメリカに対して世界のリーダーとおだてあげ、中国を世界の工場と絶賛する。韓国をIT先進国と絶賛する。すべて外国の対日本世論工作の結果そうなる。その結果、溜まったマグマは何かの事件をきっかけに爆発する。それはアメリカのイラク攻撃であり、北朝鮮の拉致問題等である。公正中立(スイスの様に)に報道していれば、このようなことは起きない。では真の国民の利益を主張してくれる機関はないのだろうか ?政治家は選挙期間中しか国民に耳を傾けない。若くて、かわいい大学生をアルバイトで雇い、いかにも国民のために努力すると公約するが、当選すれば嘘のカタマリである。逆に国民から「先生」とおだてられ「イバル」。そして警察や暴力団を使って利権ブローカーで稼ぐ政治屋なのだ。従って、国民が国益や民衆の利益を確保するために、政治家や警察やマスコミに向かって主張をしてゆくべきだ。これらの関係がなれ合いになったところに、暴力団が入り込み社会をゆがめていく。警察は暴力団の手先となった政治家を骨抜きにして、現在では検挙率 2割を割ってしまっている。気がつかない内に日本社会は崩れ去り、無秩序で犯罪者があふれた無法地帯になるだろう。「私が組織のアウトサイダー」で述べた事柄とダブル面がある」があるが、許してほしい。我々はそのまま東村山署に向かった。田中警部にあって、我々の確認した市役所の状況を説明しなければ、と思ったからだ。私は毎朝新聞社の記者なので、門の前に立って訪問者をチェックしている警察官に右手を挙げ、入署する合図をした。受け付けに居た美人女性警察官は顔馴染なので問題はなかった。田中警部は他の事件を、追っていて、留守であった。署長室も1階にある。刑事1課のドアーと同じく、署長室も開かれていた。受付嬢の前にはノートパソコンがあり、受付簿に氏名・住所・〒番号を記入するとパソコンでチェックできるからだ。そのため11回ぐらいの割合で巡回担当の巡査が家庭訪問しているのだ。2日前に、署長は「市役所での女性殺人事件は、ある政治家から警視監に電話が入り、事件はなかった事にしてくれ」といわれ、警視から、署長の私に「事件はなかったことにしてくれ」と電話が入り、捜査1課の刑事一同にも秘密にするように命令した。おそらく暴力団がらみの「痴情」か「怨恨」だったのであろう。承知の通り、本人の身元をも分からず、司法解剖も警視庁で行われ、青酸系の中毒死としか考えなかった。マスコミにも秘密にしている。毎朝の夕刊に少々を書かれていたが、その後、警視庁にも国民の皆さんからクレームは、なかったそうだ。君が発見者であり、あとは田中警部が初動捜査をしたわけで未解決事件として処理した。亡くなった女性の身元も分からなければ検察も動けない。波子さんも署長の話しを聞いていて、私には「犯人と亡き女性は親しい関係にあったとしか、今のところを言えないわね」。我々が東村山署から帰路に就くために門を出たとき、た。田中警部と出会った。警部はすぐ近くに喫茶店があるから、そこで「君たちに話して置きたい事がある」といって、5分ほど歩いたところにその喫茶店があった。古びた喫茶店であった。電灯が普通の薄暗い「ともしび」を発していた。木の床を歩くとギシギシと音がした。警部はこの喫茶店は夜中には「バー」になるんだよ。彼はここに来ると故郷の思い出が不思議に出て、父と兄貴が酒を飲んでいる姿を思い出し、私を落ち着かせてくれる。我々は古びた木のテーブルと椅子は四つある所に座った。警部が話しだそうとしたとき、ケッコウきれいな女性のウェトレスが注文を聞きにやってきた。警部はアイスコーヒーを注文した。君たちは ?同じ「アイス」でよいです・と波子さんが言った。警部が開口一番に私は「ノンキャリア」で「キャリア」とは考え方も人柄も反対になっているのだよ。警察組織など、簡単で、「キャリア」が組織を作ったり、法律の作成にあたって民主党に助言したりするデスクワークがほとんどで、我々は会社でいえば平社員の営業マンと思えばよい。即ち、捜査をするのは私たちの仕事で、刑事の長年の勘と足で稼いでいる。ノンキャリアの働く場所は現場である。犯罪検挙率が年々落ち込んでいるうえ、不祥事も続発して近年、何かとマスコミ(高橋君の父は毎朝の敏腕記者で、ノンキャリアの間で有名であった。毎朝の田無通信部の主任の時、毎朝の上層部は一匹オオカミの方が向くと反断していた。警部は私も君のお父さんを尊敬しているよ。何故ならば私も警察のキャリアから同じ人間として判断されているから)何かと世間をにぎわすことも多い警察組織。確かに、街頭では警察官の姿をよく見かけ、テレビをつければ刑事ドラマが流れている。警察官は最も身近な公務員といっていいだろう。1991年三月、暴力団対策法(暴対法)が施行された。これは組織化・巧妙化する暴力団犯罪を取り締まるための法律で、この法律によって、暴力団はすっかりシノギがしづらくなったといわれている。警視庁でも、従来までのマル暴こと捜査四課に加えて、新たに暴力団対策課を設置し、暴力団組員の「組み抜け」や市民からの相談を受けるなどしているが、実はこの暴対法、現場のたたき上げのマル暴刑事の中では、この法律のせいで「仕事はやりづらくなった」という声が少なくないという。確かに、暴対法は暴力団の資金源を抑えるのに効果があった。「指定暴力団」に指定されると、検挙が可能になった。結果として、飲食店に対してミカジメ料(用心棒代)を請求することはできなくなった。暴力団の中には、財政難で解散してしまったところもある。しかしその一方で、暴力団による犯罪は、より巧妙になり、地下に潜るケースも出てきた。日本の「ウラ社会」というのは、そう簡単には法律で取り締まれない。法律で締め付ければ、暴力を売ってしまうのは本当のワル。今回の清瀬市役所の殺人事件は難問である。私が刑事の期間中に 3年以内に解決したい。急ぐと危険がある。解剖も警視庁、行われたので、私には分からない。くどくて申し訳ないが君たち二人と私の部下の若い刑事(刑事はペアで動くのが原則)とこれからやるべきことを分担する。・・45歳の警部はここで少し考えていた・・松本波子さんのお父さんは元高級官僚(大蔵省)であったので、官僚の仲間が多いと思うので、それとなく警視庁へ圧力をかけてきた政治家の名前を特定する。高橋君は毎朝新聞社の社会部と連絡を密にして暴力団の動向を調べてくれ!もし記事にするような事件が起きていれば事前に私に連絡してくれ。これは3人だけの秘密事項である。警部はキャリアから言わせると命令を守らないという理由で懲罰委員会にかけられる可能性もある。刑事が毎日やるべきことをしながらでも、残業・交代制を使い、署長にはバレないようにする。1日に 3~4時間は、この事件の全容を読むつもりでいる。とにかく、「迷宮入り」にはしない。

    *これはフィクションであり、文章に出て来る個人名・団体名も実存しません。続きます。