劇団あるといる・市川のブログ。 -38ページ目

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ニュースを見ていて、話題の提供の仕方が、ただの噂好きのおばちゃんに近くなっていると思うのは私だけか。


どこにでも首を突っ込んでいくし、小さな事件さえ、強引な関わり方で大きくしているようにさえ思える時がある。


そもそもニュースはエンターテイメントなのか、改めて考えてみたい。


私自身は、ニュース番組にはキャスターの和気あいあいの雰囲気も必要ないし、コメンテーターの気の効いたコメントもあまり欲しくないと思う。


できれば事実だけを淡々と迅速に見たい。


それができない理由としてあるのは、ニュース番組の制作費が、他のテレビ番組と同様にスポンサーからの広告費用で賄っているため、視聴率をとらなければならないという問題があるからだ。

それ自体は悪いことだとは思わない。


誰もが知っている当たり前のことだと思うが、

番組の作り手側は瞬間視聴率の高かった、ニュース内容の統計を取り、そこを重点的に突いたニュースが放映される。

そういう意味で、何気なしにテレビを見ている視聴者(私も含む)も番組作りに、無関係ではない。


その結果として生まれたのが、


殺人事件は、残忍な殺され方ばかりと、犯罪者の深層心理ばかりに目を向けられたニュース。

転落する渦中にいる著名人を、追いかけては日替わりの情報提供と憶測のコメントだらけのニュース。

口当たりを良くしようとでも言うのか、織り交ぜるようにして、地域のほほえましいお祭り風景や、心が和む動物園のマスコット的な動物の愛嬌ある仕種を映し出したりするニュース。

「今の世の中は、こういう状態なんです」とまとめようとばかりに。


すごく、いびつだ。


私は、そんなものから、今の世の中の雰囲気を感じとった錯覚に陥ってしまっていたのだが、よくよく考えたらそれはとてもこわいことだな、と思う。


誰に「今の世の中は、こういう状態なんです」という物を見せることができるというのか。

実はそれは誰にもできないことだ。どんなに頑張っても、それは部分でしかない。


ましてやたった1時間かそこらの番組を見て、今の世の中の雰囲気といったものを理解した気になるのはとても危険なことだ。


知らなくてはいけないこともあるとは思うのだけれど、知ること=賢くなる ということでもないようだ。

知らなくていいことまで知ることで、何かが鈍らされることもある。


多勢で共有されていく雰囲気というものが、私はとてもこわい。