図書館の本を触るのが嫌。
手すり、吊革をつかむのも嫌。
小銭に触れるのも嫌。
という人がいる。
最近は、清潔感というものに対して、人の意識がかなり過敏になってきているようだ。
衛生上、もしくは病原菌についての予防という考え方もあるので、仕方がないと言えば仕方がないことなのかもしれない。
幼い頃、道ばたに落ちている物を拾い食いしようとして怒られた経験がある私としては、身が縮こまる思いだ。
匂いについても、また、とても敏感な世の中である。
消臭をするための商品をあげたらきりがない。
電車内で、へたに汗の匂いなどを発するのものなら、まるで敵意のような眼差しで見られてしまいかねない。
その一方で、私たちは、風邪などをこじらせ三日も寝込んで風呂に入らなければ、動物じみたにおいを発する存在だ、ということも忘れてはなるまい。
それにしても、若い人ほど、匂いに対しての反応は敏感だ。
背景としては、異性を特に意識してしまうお年頃ということもあると思う。
テレビコマーシャルに見受けられる、うつくしい女性モデルと商品を結びつかせたイメージから作られた清潔感といったものも、多分に影響していることだろう。
おそらく、人生において一番多感な時期をすごしている昨今の中学生などは、きっと大変な思いをしているにちがいない。
私の時はどうだったか。
中学生の頃、女子を意識した同級生の男子の中には、給食を食べた後にすぐ、おもむろに学生カバンから、かき氷のシロップに似た緑や青い色の液体(うがい液)で口をくちゅくちゅしている人がけっこういた。
それでも当時としては、かなりませて見えた光景だった。
私自身は、学校で口をくちゅくちゅすることはなかったが、多感な時期ゆえの、別の恥ずかしい思いをしたことはある。
それは林間学校。あの忌まわしき記憶……。
夜におこなわれたバーベキュー。そして食後の、焚き火を囲んでのフォークダンス。
私は、後にひかえている女子とのフォークダンスのことなど気にもかけず、バーベキューでむしゃむしゃ肉だのタマネギだのをむさぼり食べていた。
食事が終わると、みんなで円陣を組み、焚き火を取り囲む。
みんなの顔が、火に照らされ、お互いにその姿を見る。
火には、人の気持ちを高揚させる何かが確実にある。
「まい、まい、まい、まい、まいむ、べっさそん!」
森に棲む鳥獣たちにも、はた迷惑な、狂気のマイムマイム。
そこまではいい。
音楽はゆったりとしたものに変り、オクラホマミキサーが始まる。
オクラホマミキサーは、男女ペアで手をつなぎ、のんきなステップなどを踏みつつ、音楽が鳴り終わるまでペアを交代しながら円をまわっていく、というものだ。
おそらく元々は嫁探しの田舎っぺ踊りであろう(本当は違います)。
私は、さらりと、1人また1人と、女子との踊りをこなしていたのだが、徐々に近づいてくる好きな女子の姿が目に入ってしまった。
この時になって初めて私は、自分の食い意地を呪った。なぜ、あんなにも考えなしに、むしゃむしゃと食べてしまったのだと。それだけ多感な時期だったのだ。
心の底から歯磨きをさせてくれ、そう思った。
考えた末の決断はこうだ──
口で息をしない、に尽きる。
もちろん、会話もしない。
無口な男というのも、なかなかに悪くないであろう、と。
──私は、口をきつく一文字に結び、好きな子の手を、しっとり汗ばんでいく自身の手で握り、踊りを無事に果たした。
ほっと胸を撫でおろす。
一連の呆けたようなフォークダンスは終了し、「さて眠るかね」とみなそれぞればらばらと宿にむかう中、話し声は聞こえたのだ。
「あいつ、すごく鼻息が荒いよ」「え。どいつよ?」「あいつ……」
好きな子と、その友人らしき子が、こっちを見て言った。
私は、森の闇に紛れながら宿に帰った。
2010.4.7加筆・修正