(…意味が分からん)が、観た直後の印象。しばらくして(鹿…?宗教的な要素が?)と感じました。
宗教のことは全然知らないですが、ユダヤ教とキリスト教をどこか示唆しているような気がしなくもない。
・
映画を観て後疑問に残るのは、マーティンは、ボブやキムに薬を盛ったのか?…アナ(ニコール・キッドマン)はなぜマーティンの足にキス(隷属を表すような)をしたのか?…科学的な作用でボブとキムに病状が出たのか?…マーティンがこっそりボブにタバコを渡してて、ボブが好奇心で吸ったのか?…。
劇中ずっと『なぜ死にそうになっているか』が気になり、宗教の知識が全くない人にとっては、ただの『狂人の薬物による復讐』だと思っていた。
「多少の映画と宗教の知識ありき」で観ないと、わかりにくい節がある。それらの知識がないと、ラストシーンまで『なぜ死にそうになっているか』や『なぜ助かったのか』という理由もハッキリしない。超常的な力?薬品で毒殺?。主人公が医師という職業で、病院に出入りする若者がいたら、薬品で毒殺かな?という目線で観てしまう。その線で最後まで観ていたから、余計に腑に落ちない。
…ので、調べてみて少しだけわかりました。
・
(アメリカ人医師なのになんであんなにヒゲが?)と、スティーブンのヒゲの多さにユダヤ教徒のような印象を受けます。キムの初潮というキーワードも処女を連想させ、かと思えばアナは「長髪が似合う」とボブを褒め、しかし、死を予感したのかボブは最後髪を切ってスティーブンに褒めてもらおうとする。シンメトリーの美しさや、規則的なカメラワーク、随所に、宗教色が感じられました。
もし本映画がキリスト教とユダヤ教をそれこそ「比喩」してるとしたら、ユダヤ教徒とキリスト教徒との大きな違いは赦しのなさ=ユダヤ教は戒律にものすごく厳しい。
マーティンは、『目には目を』の例えを自身の腕の肉も噛みちぎることでメッセージとして発している。とすれば、映画の中でマーティンは「ユダヤ教側」に観えてくる。
キムは、マーティンに惚れている。アナは、マーティンの足を嘗めた時点でマーティン側についている。マーティンの復讐の対象でもあるスティーブンは、死ぬ事を許されない。それこそ、宗教の比喩だとしたらどちらの宗教も「自殺は重罪」とされており、劇中でスティーブンが自害する流れにはならない。よって、ボブが死ぬのは必然だった。
最後、バー?ダイナー?で会話は交わさずとも、家族とマーティンが会ったのは、『目には目を』の復讐の終幕を互いに告げている。マーティンの無慈悲な(悔い改めよ)の声が聞こえてきそうな気もします。(これでフェアだ)と思っているのかもしれない。
ラスト、キムとマーティンの2人が見つめ合うシーンは、なんなのか。
①「得体の知れない力」を信じたキムが、よりマーティンにのめり込んだのか。=信者的な改宗的な感じ
②今度は、キムによる『目には目を』の復讐が始まるのか。=ユダヤ教的な感じ
③キムは、マーティンと別れ、赦すのか。=キリスト教的な感じ
(※いずれにせよ、これは個人の妄想です。映画を観て妄想した次第なので、エンタテインメントとしてご了承下さい)
当方は浅い知識ですが、宗教に詳しい人は入り込んであくまで「映画として」だが楽しめる内容だと思う。
___________________________
SF?ホラー?社会派ドラマ?ジャンル分からない度:☆☆☆☆☆☆☆☆☆★
