お遍路病というものがある。どうやら私はそれに罹患しているようだ。
それというのも、一周がほぼ終わったというのに、お遍路から 離れられなくなっているのだ。
普通の人なら、88箇所を終えると、それでいったん終了である。ところがその何分の一かは、それで終わらないで、次を求める。
それは高野山への御礼参り。これを徒歩でやったという話はさすがきかいな。次派1地番に戻るという方法である。
それというのも、一周がほぼ終わったというのに、お遍路から 離れられなくなっているのだ。
普通の人なら、88箇所を終えると、それでいったん終了である。ところがその何分の一かは、それで終わらないで、次を求める。
それは高野山への御礼参り。これを徒歩でやったという話はさすがきかいな。次派1地番に戻るという方法である。