この間、 ふと気付いたのですが、
まだま村の軒下に座って、
降ってくる雨をただ眺めてる時、
悟りたいとか、もっと豊かにとか、
ああだこうだとブツブツ言う自分は
いなくて、
とても安らかで、静かで、ゆったりしてる
自分がいた。
冥想は続けてるけど、
以前みたいに、悟るためのものでは
なくなってきたし、
いつもの毎日が、
少しづつ、色が変わってきている。
去年かもっと前か、
なんかの本の中のワークで、
「もしあなたが、突然、
見知らぬ土地に何も持たずに、
身ひとつで降り立った時、
どうやって、その日の糧を
生み出すか?」
「仕事」としてのワークなので
物乞いをするとか、盗むとかは無し。
何か仕事をして、収入を得ることを
イメージしてみましょうというもの。
そのときの私のイメージが、
あのまだま村の軒下の光景と似ていた。
茣蓙を敷いて、紙と筆を持って、
行きかう人を眺めてる。
イメージでは、水晶玉もあったけど、、、(笑)
というわけで、イメージは現実化する。
まだま村の軒下に座って、
降ってくる雨をただ眺めてる時、
悟りたいとか、もっと豊かにとか、
ああだこうだとブツブツ言う自分は
いなくて、
とても安らかで、静かで、ゆったりしてる
自分がいた。
冥想は続けてるけど、
以前みたいに、悟るためのものでは
なくなってきたし、
いつもの毎日が、
少しづつ、色が変わってきている。
去年かもっと前か、
なんかの本の中のワークで、
「もしあなたが、突然、
見知らぬ土地に何も持たずに、
身ひとつで降り立った時、
どうやって、その日の糧を
生み出すか?」
「仕事」としてのワークなので
物乞いをするとか、盗むとかは無し。
何か仕事をして、収入を得ることを
イメージしてみましょうというもの。
そのときの私のイメージが、
あのまだま村の軒下の光景と似ていた。
茣蓙を敷いて、紙と筆を持って、
行きかう人を眺めてる。
イメージでは、水晶玉もあったけど、、、(笑)
というわけで、イメージは現実化する。