火宅の人(1986) | waldeinsamkeitの木をみて森をみず。

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L’arbre cache souvent la forêt.
本と映画の備忘録。ときどき、禅問答(笑)

アメンバー限定記事は公式ジャンルと全く関係ない超つまんないぼやき内容なので、公開していないだけですσ^_^;ホントにホントにお気になさらずにσ^_^;



火宅の人(1986)

家庭を捨て、新劇女優と同棲するなど、自由奔放な作家の生き方を描く。檀一雄原作の同名小説の映画化で、脚本は「逆噴射家族」の神波史男と「上海バンスキング(1984)」の深作欣二の共同執筆。監督は深作欣二、撮影は「夜叉」の木村大作がそれぞれ担当<映画comより>



どうしても同性の目線で観てしまうと
自分の立ち位置に近い女達を目で追ってしまう。


自由奔放というより、現実逃避に見える桂一雄の存在、
実際にはこんなにスマートに生きられたはずがない。
もっとバイオレンスな日常だったかと。
一雄を取り巻く3人の女が良い女過ぎる。
(良いの前に“都合が”がつく)
昭和っぽいだけでは片づけられない粗野さと
カビ臭さと汗臭さ。生々しい。

その一方で
何か男の性の普遍性のようなものも
チラチラ見え隠れする。
性欲と情愛と甘えと
日常と非日常を
心の中で仕分けして生きられる姿を見せつけられて
ホントくだらない生き物で
愛らしい。



モヤモヤとした幻想の中で生きる男と
現実「生活」を天秤にかける女と
そこには時代性なんかない気がする。
こういう映画を見るたび
やっぱり女の方が断然長生きする構造になってることを自覚する。



何が一番凄いと感じたかというと
まるで人ごとのように私小説を書き続けた檀一雄の存在。
少し上の方で離れた目線で自分を追いながら
「火宅(というより火の車)」な自分を書き続けたこと。
関わった人々にとっては非常に迷惑な存在だったと自分で自分を評する。
「開き直り」とはちょっと違う他感さに
やっぱり才能があったんだろうことを感じる。



いしだあゆみも原田美枝子も
松坂慶子も超魅力的。
最高に脂が乗っている。
それだけでも見る価値がある。


★★★★☆