十年 Ten Years Thailand(2017)
東京国際映画祭
ワールドフォーカス部門(タイ)
<作品解説>
オムニバス形式で10年後の自国を描く「十年」プロジェクトは、香港編を嚆矢として日本編、台湾編、そしてこのタイ編が製作されてきた。
タイ編はアピチャッポン・ウィーラセタクン(『ブンミおじさんの森』)の統括のもと、彼を含む4人の監督が近未来ディストピアのエピソードを披露しており、近年のタイの政情が反映されている。
①アーティット・アッサラット(『ワンダフル・タウン』TIFF2008)は、「Sunset」で表現の自由が制限された展覧会
②ウィシット・サーサナティアン(『快盗ブラック・タイガー』)は、「Catopia」で猫人間に支配された社会
③美術家のチュラヤーンノン・シリポンは、「Planetarium」で独裁者の女性が君臨する極彩色でグラフィックな世界を
④アピチャッポンは、「Song of the City」で鼓笛隊の奏でる行進曲が響くなか、銅像の立つ工事中の公園と、そこで休息し語り合う人々を、それぞれ描いている。
カンヌ2018出品。
<TIFF31th HPより>
自国の10年後を描く
香港、日本、台湾に次ぐタイ編。
これは娯楽というより、映画を使った改革表現、啓蒙のメッセージ。
メッセージ性のある4本の作品。
国内に向けギリギリの啓蒙を意図的に投げているオムニバス。
①Sunset
表現の中には
「芸術」だったり「政治性」だったり、読み取る者の見方によって捉え方が違う。
いずれにしてもそこに「掻き立てるもの」(感動)を感じてしまうことで
賞賛や規制が始まる。
展覧会の外では
軍人と会場で働く女性の瑞々しい恋愛が始まろうとしている。
「掻き立てるもの」に惹かれあう2人。
深読みすると、お互いがどの部分に惹かれたのか、掻き立てられたのか
揺さぶられるものは非常に曖昧。
そんな風にも取れる。
男は単純に、女の可憐さに
だけど女側は
憧れの職業「軍人」という記号かもしれない。
捉え方は曖昧で、みんな同じに感じることはできない、
私にはそう響いた。
②Catopia
10年後は、半猫人間世界。
半猫人間たちは、凶暴な(?)人間狩りを楽しむ。
なぜか人間の姿は目で判別出来ず、
「人間臭」を頼りに猫たちは人間を狩っていく。
「猫臭」スプレーを使い、半猫社会に潜伏する主人公は、人間を匿った半猫女を助けるが・・・
半猫がキモい。
猫の生態を利用して撹乱したり、脅したり。猫がリアルで怖かった。
猫が・・・ちょっと嫌いなった
③Planetarium
(たまたま今回TIFFでも特集が組まれているのは全く意識していなかったけど)
ものごっつい現代アートな表現が
あのおサイケ作品を彷彿と。
なんだか日本の80年代風彩色とシュールな組み合わせ。
あー誰か、「わかるわかる」と言って欲しい(笑)
④Song of the City
銅像は時間を超える。
風化に耐え
そこに立ち続ける意味はそれぞれ。
鼓笛隊の行進曲と工事のノイズ
銅像は日常から忘れ去られて、
ただ時間が流れる。
ハナ肇みたいに構われているだけマシ。
銅像は偶像のままではいられない。
色褪せない功績がなければ簡単に忘れ去られる。
皮肉なオブジェ
Q&Aは本映画プロデューサーのパオシーチャルーン
政治的な問題が勃発するタイで
表現の自由に疑問を感じた人たちと共に「フィルムズ フォー フリー」プロジェクトを始めたことがスタート。
その後、香港版『十年』が上映され、タイ版を作りたいという流れから、同プロジェクトを発展させたという経緯を説明。
タイ版はアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が制作にも関わり、タイのインディーズ映画の価値観をもっと高めたいということで始めたプロジェクトのため、多様な個性を持った方に依頼したいと思いか、この4人を選出した。
今のところ、タイでは12月公開予定、
だが、
タイのマスコミからも本当に予定通りに公開できるのかハラハラドキドキの状況。
制作の過程でタイの憲法に照らし合わせながら、検閲が入るギリギリのところに触れないように配慮。
「上映できないと事態は想像していない。日本の皆さんもタイで上映できるように応援を」と呼びかけるプロデューサー。
来年、選挙を控えているタイ。
タイでは、映画はメディアであり、社会に影響を与えるものとみなされていると言う。
タイの抱える閉塞感と
10年のスパンでは大きな成長はないというメッセージ性
特定の「支配」からの脱却
閉じた世界からエネルギーがはみ出しそうとしている圧力
4人の監督のメッセージ性が
息苦しいくらい
ジリジリ伝わる。
★★☆☆☆





