【働く勇気が湧いてくる!公務員日記】
第6話「生まれてきたから生きてるの?それとも、生きるために生まれてきたの?」今日も元気にいってみよう!
悪いことはつづく。
そんな最悪の時に、熊本から
「父親が亡くなった」という知らせが届く。
そんな最悪の時に、熊本から
「父親が亡くなった」という知らせが届く。
その人は、なけなしのお金をかき集めて、
熊本に帰ったそうだ。
その人はこう言った。
「あのとき親父の葬式に出て、
熊本に帰ったそうだ。
その人はこう言った。
「あのとき親父の葬式に出て、
俺は体中のスイッチがONになったんだ。
俺の親父の話、聴いてくれるか?
俺の親父は学校の先生やってた人なんだ。
俺の親父は小さい頃から先生になりたくて、
なりたくて、どうしようもなかったらしい。
でも、先生になるには
大学に行かなきゃなれない。
ところが、家が貧乏で
とても大学なんかいけなかったそうなんだ。
高校は、なんとか昼間工場で働きながら
夜学に通って卒業したんだけども、
とても大学なんか通えるお金なんて
とても大学なんか通えるお金なんて
なかったらしい。
そんな時、親父は変な勉強したんだ。
仕事中に怪我をすると『労災』といって、
国からお金がもらえる。
しかもそれが、
障害が残るような大怪我をすると、
その後の生活も保障してくれるような
手当てがもらえる。
そんなこと勉強して、
親父は『自分の夢』と『自分の体の一部』を天秤にかけて、
『自分の夢』をとったんだ。
工場で働いている時、
誰も見ていない隙をねらって、
自分の左腕を機械の中に入れたんだ。
指を3本飛ばして、
腕は機械からはじかれたんぞ。
そうして、俺の親父は先生になった。
その親父が先生になって
子供達の前に立った時、
親父が手に入れたものは、何だと思う?
今のお前にはまったくない、
『何のために』だよ。
自分の指と引き換えに手に入れた、
この仕事で自分は何のために
働くのかっていう座標軸が
腹の上にバチーンとあったと思う。
そんな座標軸をちょっともブレずに
生きていった人だと思う。
その親父の葬式にでて、ビックリした。
親父の生きてきた人生が
『映し鏡』となって
見事に表現されていたんだよ。
もう大人になった親父の教え子達が、
800人も900人も日本中から集まって、
『どうして、この人が・・・』って言って、
みんな、わんわん泣いていたんぞ。
そして息子の俺の姿を見つけて、
みんな俺のとこに来て、
『あんたの父ちゃんはスゴか人だった!』
『あんたの父ちゃんに勉強以外のことで
こんなこと教えてもらった!』
『あんたの父ちゃんのおかげで、
今の自分がいる!』って
俺の肩つかんで、みんな言ってった。
その、葬式の一日で、
俺は『親父がどんな人生を送ってきたのか』
という
『生き様』を目の当たりにしたんだ。
俺は、親父の葬式にでて、悲しいどころか、
この親父の息子に生まれたことを
誇りに思えるような、
そんな葬式だったんぞ。
その瞬間、
体中のスイッチが
バチン・バチン・バチンって
入ったような気がした。
そして、会社が倒産したくらいのことで、
落ち込んでいる自分が情けなくなって、
そして、会社が倒産したくらいのことで、
落ち込んでいる自分が情けなくなって、
次の日、すぐに東京に戻って、
ボロボロの軽トラックをタダ同然で買って、
売れるものって言ったら、
ボロボロの軽トラックをタダ同然で買って、
売れるものって言ったら、
野菜か果物ぐらいしかなかったから、
それ積んで売っているんだ。
お前、俺が行商やっているという、職業だけを聞いて笑うかよ!」
それ積んで売っているんだ。
お前、俺が行商やっているという、職業だけを聞いて笑うかよ!」
塾長はこの話を聴いて、
焼き鳥屋でわんわん泣いたそうだ。
もう、自分が情けなくって泣いたそうだ。
この世の中には、
自分は思いつきもしないことを
もう、自分が情けなくって泣いたそうだ。
この世の中には、
自分は思いつきもしないことを
考えて生きている人がいる。
そんな人達に比べて、
自分はなにやってんだって思ったそうだ。
そんな人達に比べて、
自分はなにやってんだって思ったそうだ。
《つづく》
ほんまに感動、感動!書いててまた感動してしまった。
そして、ここから塾長の修行時代の幕が明ける。
書くのが楽しみやー! ワクワク!
