おっパブでは月に40から60万ぐらいしか

稼げなかった。

人目を気にしながら恥ずかしい看板をくぐり抜け

触られまくったちくびが擦り切れそうでも

いつも軟骨塗りつつ誤魔化したり

汗臭い、汚らしいお客さんがきても

笑顔をふりまいた。


しばらく働いていると

いつも指名で埋まり、店が始まる前の朝礼で

私をあまりにも店長が褒めちぎるから

店のこみんなからシカトされるようになった。


それでも、店の広告には

でかでかと私の写真が使われていた


待機室では私の周りだけ誰も座らなかった



仲間らしからぬ匂いを放つ私は


とにかくきらわれた。


そうなると友達がいない私はお金を使わない。

だからずっとお金を貯めていた。


今思えばこの働き方がただしい。

変に自分が尊敬できない人と群れる必要もないし

わかりやすく遠巻きに悪口しか言えない

弱者に引け目を感じる必要もない。

無駄な人付き合いもないからお金も貯まる。


自分と合わない人間と無理して一緒にいるから


ストレスを感じ、欲しくもないものに

お金を使って自分をなんとか保とうとするのだ。


でも当時の私はあまりにも若く


そして寂しく人から優しくされることに

飢えていたのだ


孤独を恐れていた


小さい頃から

私は親戚の家にいくたび、

1人で読書している方が楽しかったし大人と話す方が良かった


従兄弟とくだらないことではしゃいだり

子供らしい遊戯をすることには興味がなかった


そんな私を母や祖父祖母が

暗い人間だと揶揄するのだ。

なぜ子供どうしであそばないのか、友達の少ない人間は価値がない、とでも言いたいのだろう


それでも私は従兄弟と遊ぶのがいやだった

だから親戚の家は苦痛でしかなかった


なぜ、知識を増やすことを毒として

頭の悪い子供同士で戯れるのをよしとしたのか


田舎の悪しき習慣でしかない


それでもその経験がトラウマとなり

1人で過ごしていると

友達のいない惨めな人間に思えて落ち着くことが

出来なかった


ださいよね