コロナ禍が続き、バタバタとした日々の中、なんとかBL活動?だけは細々と続けていたりします。これがなければなかなか前に進めないね。
ということで…。体調を崩している間に自宅の引越があり、大切な書籍をブックオフに出されていてもめげずに生きていこうと思っているところです。
『VIP 熱情』(高岡ミズミ 著)の新刊をはじめとして、『色悪作家と校正者の別れ話』(菅野彰 著)、『殺しのアート4』(ジョシュ・ラニヨン 著)、『異端の血族』(夜光花 著)…。たくさんたくさん語りたいことは詰まっているのですが、そんな中、『深呼吸』(木原音瀬 著)を読み返して、ふーっと深呼吸をしているところです。
この『深呼吸』は、いくつかあるわたしのふとした瞬間に読みたくなる本の上位に入ってきます。なぜなのかわかりません。派手さのないお話なのですが、キュッと締め付けられる辛さとゆっくりとした穏やかな幸せがとても自然に入ってくるお話です。以前にここでも書いていますが、木原先生の『美しいこと』『箱の中』『檻の外』『COLDシリーズ』というような、苦しさがまとわりつくような作品も好きです。ですが、この作品、大好きなのです。
攻め)谷地健司 元、受けの部下。リストラ後お弁当屋さん→英語塾講師 43歳
受け)榛野佳久 外資系社員。ヘッドハントされて攻めの上司に(その後イギリスへ) 34歳
この二人のお話です。さっくりわたし目線のあらすじをいうと、
谷地さんは、地味なアラフォーでノンケです。佳久からみると、まるで違う時間が流れているのではないかというような古い家で生活をしています。佳久は、地味にコツコツと働く谷地さんを好きになりますが、同時に冷淡にリストラを言い渡してしまいます。それでも谷地さんが忘れられずに再会をし、恋愛感情を隠してあれやこれやで谷地さんのお家に本を借りに来る友人として出入りするようになります。
その後、佳久は仕事でイギリスに行くことになります。谷地さんに恋愛感情を抱いていることを伝えてイギリスに発つのです。谷地さん、困惑です。今までの人生は、特に大きな起伏なく、地味に過ごしていた彼にとって、同性から恋愛感情を抱かれていたと言うこと、それも自分をリストラした元上司。なんのリアリティもありません。リアリティはないけれど、佳久が気になってしかたなくなり谷地さんはイギリスに佳久に会いに行くという流れ。
人畜無害といえば聞こえはいいのですが、地味な谷地さんに決死の思いの佳久が突撃しているところは、辛くなってしまいます。谷地さん、それはないよ…って。
“「もし猫に会いたくなったら、僕の家に来てください。……本はあげられませんが貸すことはできるので、借りに来てください」(中略)「僕はずっと、ここにいるので」”
イギリスに行く前に谷地さんに恋愛感情があることを伝え、せめて、谷地さんのお家に出入りしている猫ちゃんをイギリスに連れて行きたい、捨ててもいいと言っていた本でいいからそれが欲しいと懇願したときの谷地さんの返事です。
ひどい…。やさしいような言葉ですが、わたしにはそう受け取れませんでした。ひどいけれど『美しいこと』の寛末のように「おい!寛末!」と怒り心頭にならないのは、ひとえに谷地さんの温厚な人柄によるものです。目に見える攻撃性はまったくなく、とにかく穏やかな人だからこそ。でもね、けっこう佳久を追い詰めていると思うんですけどね。
なんだか、谷地さんの人柄でふわ~っていっちゃっているけれど、優柔不断ではっきりせず上司からはリストラ対象になっちゃうような人なんですよ。本当は。なのに、なんだか、いいおじさんとして認識させられちゃっているんです。木原先生、さすがです。だまされてます。わたし。
この本当はいまいちぱっとしない谷地さんがリアリティをもたないまま、なんだか毎週イギリスから郵送される手紙を読んで過ごし、自分の気持ちがよくわからないまま佳久に会いにイギリスに行くところが、また谷地さんらしいところです。恋愛小説としては、愛の告白を受けて、自分に毎週手紙を送ってくればいつの間にかほだされて“俺は自分の気持ちに気がついていなかっただけだ!好きだ!会いに行くよ!”というような流れになりがちと思うのですが、イギリスで佳久に覆い被さられてもなお、谷地さんはリアリティがないのです。ある意味すごいです。
イギリスに谷地さんが行くことを決意しても、「外国=非日常」ですので、イギリスに行ったところで自分が何をしているのかわかっていなかったのでは。と思ってしまいます。
そのため、
“私は死ぬまでに、一度ぐらいあなたと寝ることができるんでしょうか”
こんな悲しい言葉を佳久に言わせてしまうのです。
全般にわたり、佳久は谷地さんに対してもう純愛です。好きの表現もとてもとてもかわいらしいのです。“その日限りの男とも寝ますし”“別に身体だけの関係ならいいでしょ”というようなことをいいながら、やることなすことまるで初めて誰かを好きになったかのように、一喜一憂しながらすごしているところが、佳久の魅力です。それは、谷地さんと恋人関係になってからも変わらずかわいいのです。
この作品は2011年の作品です。そのときにもすでに携帯電話は日常ではありますし、ネット社会に入っています。それでも、谷地は携帯電話をリストラと同時に手放しており、パソコンは家にはなくネットからは隔絶した世界で生きています。日々SNSで繋がりやりとりのできる現在の日常とはかけ離れている、「文通」という手段で作品の中盤はやりとりがされています。その世界観が谷地さんの周りで流れている時間の速度を、わたしは感じることができたように思いました。
『深呼吸』は、『深呼吸 plus story ~単行本未収録短編集~』という続編集が出ています。本編だけですと、リンゴの甘酸っぱさがそのまま胸に残り、なんとも初恋時のような胸の苦しさがどうしても残ってしまいます。その甘酸っぱさで終わるというところも、余韻があってとてもいいのですが、やはり続編を読んですっきりした気持ちにもファンとしてはなりたいものです。
この続編、本編では少しわかりにくかった谷地さんの佳久への恋慕が、リアリティのないところから日常になっているところを垣間見ることができます。谷地さんのお家にいつの間にかいる猫ちゃんのようです。
あまり熱量の感じられない谷地さんですが、そこに熱が加わっていっているのを感じます。告白されイギリスに佳久がいったあとは文通が始まるわけですが、佳久からのエアメールを心待ちにして、お布団の中でも読んじゃうと言うところは少しずつ谷地さんの中で佳久の存在が変化していっているのを感じます。とはいえ、初めは
“谷地健司は家にあがり、先に食事を作るかそれとも手紙を読むか悩んだ。結果、夕食を優先する。”
って、手紙より食事。そのあたり、やはり谷地さんだよね…と思っちゃいました。
でも、イギリスから帰ってくると
“鞄を部屋の隅に置き、鋏を探す。立ったままエアメールを開封し、榛野の手紙を読んだ。”
と進化。
佳久が平静を装いながらも谷地さんへの想いを込めて書いた手紙が、やっと本人に届いたぁって、本当にうれしくなりました。
“「私はひとつの場所に長く住んでことがありません。(中略)私ははっきりここだと言って帰れる場所のある谷地さんを、羨ましいと思います」”
といっていた佳久。
イギリスから帰国して、谷地さんの家で一緒に暮らすことになったときに、
“「おかえり」”
と、谷地さんにいわれました。
「いらっしゃい」ではなく「おかえり」だった。(中略)谷地の中で、自分はもうこの家のなかにあるものとして認識されている。”
ここが大好きです。
佳久にとってはじめて自分が帰る場所ができ、リアリティがないと言い続けていた谷地さんの中でも、佳久が日常の中に完全に溶け込んだのだとよくわかります。
だから
“「私が別れたいと言っても、絶対に許さないでください。この家に閉じ込めて、出られないようにして…」”
という佳久の想いをしっかりと受け止めて、二人で猫ちゃんと戯れながらゆったりとした日常を暮らして欲しいなぁと思うのです。
本当に、地味でゆっくりとした時間が流れている作品なのに、ふたりからの熱もしっかり感じる大好きな作品です。
