ドラマはドラマとして楽しませていただいている『美しい彼』(凪良ゆう著)ですが、どうしてもどうしてもひとつだけ消化できていないことがあります。
それは、“華麗な平良一族”の表現について。
平良はある意味平良帝国のキングです。その平良が形成された要因として「吃音」がありますが、何よりもそれにより超過保護に育てられてきたという背景があります。小さなうちから一眼レフを買い与えられ、両親の愛を一身に受けています。ここは清居と大きく違うところです。料理上手で上品な母親、理性的でおそらくかっちりとした企業のそれなりの役職である父親、海外赴任の叔父、政界のプリンスの妻であるいとこ・・・。おぼっちゃんなんですよ。平良って。それが平良を形作る上で根底にあるという認識です。
なので、ドラマ版での両親の平良への態度や平良の家がどうしても納得いかないのです。
今のところ、ドラマ版で平良の家族が出てきたのはシーズン1の第一話。
そこでの母親の言葉。
「一成、そろそろ起きなさい」
「本当に大丈夫なの?ひとりで」
「何かあったらすぐに電話しなさい」
「学校ちゃんと遅れないで行きなさいよ」
これは、あり得ないのです。
平良の母親は絶対に「一成」とは呼びません。これは、清居が平良のことを「ヒーくん」と決して呼ばなかったこと同じくらい絶対的なことという認識です。
弟子入りしているカメラマン野口のところへ押しかけて話をする際にすら「カズくん」です。普通考えたら、自分の息子のお世話になっている方へのあいさつならば「息子の一成がお世話になっております」になると思うんですが、そういったことはいいません。どんなときも「カズくん」です。
呼称表現は、相手との関係性を語る上でとても重要なことになると思います。そのため、「一成」と「カズくん」では関係性が変わってしまいます。華麗なる平良一族で、平良のことを「一成」というのは、父親のみ。他は全員「カズくん」です。
小さな頃から「カズくん、カズくん」と、甘やかされていたことがここで現れているのではないでしょうか。
また、前述のドラマ冒頭のお母さん(ドラマ版ではお母さんって感じ)は、とてもぶっきらぼう。というか、普通の高校生男子のお母さんそのものです。でも、平良の母親が普通の高校生男子のお母さんだと、あの平良は形成されないと思われます。
「一成、そろそろ起きなさい」
→ 「カズくん、起きないの?時間は大丈夫なの?」
「本当に大丈夫なの?ひとりで」
→ 「本当にひとりで大丈夫かしら?あなた、やっぱりわたし残った方がいいように思うわ」
「何かあったらすぐに電話しなさい」
→ 「何かあったら連絡をちょうだい。すぐにお母さんくるわ」
「学校ちゃんと遅れないで行きなさいよ」
→ 「朝起きられるように、お母さん電話をした方がいいかしら?」
って感じになるのでは。
それ以前に、父親だけの単身赴任にするでしょうが、それだとドラマの進行上不具合があるので。ドラマ版でできうることとしての台詞表現としては、こういったことになるのかなと思ってしまいます。加えて、荷物を運びながら話すということはせずに、平良のところに近寄ってちゃんと話をするはずです。
また、ちょくちょくなんだかんだと帰ってきて、エビコロを大量に揚げてまた転勤先に戻っていく物とおもわれます。
というところが、平良の家族での消化不良のところ。
また、これに関連するのですが。平良のお家について。
ドラマでは平良の祖父の代からのお家に住んでいるという設定のようなのですが・・・。趣味人であった平良の祖父母。そして料理をあれこれ工夫するのが好きな家事能力の高さがうかがわれる専業主婦の母親。となると、あの雑多に物が置いているようなお家はちょっと。華麗なる平良一族なので、豪華絢爛ということではなくとも上品なお家だと思うのです。キッチンもすっきりとしているでしょうし、平良の部屋はダサくてもそのほかのところはそれなりに。と。
原作は叔父宅で、防音のピアノ室やジノリのお皿やらがあるわけです。そこまでではないにしても、あの母親が管理していた家は趣味のよい上品ですっきりとしたお家だったのではないかと思うわけです。
ドラマ版はドラマ版として楽しんでいるところなのですが、どうしてもこのことについては消化不良となってしまっています。次回からは、どうも聖ガブリエル幼稚園小麦組5歳児も登場してくるようす。華麗なる平良一族の華麗さは、平良のきもうざキングに通じるところにもなるため、これからどのような展開にしていくのか期待をしてもいます。
あー・・・、面倒くさい原作崇拝者だなぁと思う今日この頃。
でもドラマのひらきよも大好き!