カンディンスキーの内的必然性とは何か? | 札幌在住のパステル画家のブログ

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 今まで何回かカンディンスキーについて書きましたが、カンディンスキーの美術家として特異な点は彼が元々モスクワ大学でのエリート学者だった事です。


 画家=絵馬鹿、頭があまり良くないという多方の常識を覆す人間です。


 故に彼は多くの、なんとも何回で独りよがりの表現の(簡単に言うと自分だけが分かっている。読者に分かって貰おうという努力が全然見えない)多くの加賀の理論書を書いています。


 その中で使われているカンディンスキーの伝家の宝刀と言える言葉「内的必然性」と言う言葉はいまだに正確に意味を理解している人がいないようでです。


 この、内的必然性とはどのような意味なのか?




 「色彩は、魂に直接的な影響を与える手段である。色彩は鍵盤。目は槌。魂は多くの弦をもつピアノである。画家は、あれこれの鍵盤をたたいて、合目的的に人間の魂を振動させる、手である。」(「抽象芸術論」 西田秀穂訳)

 

 これがすなわち内的必然性の原理だと言っている。

 


 内的とは(1)人間は直観によって感動体験を得る存在でありその素質を内在しており(2)それゆえに人間が感動を得ようとする必然性を持ち(3)素質のある画家なら感動させる作品を制作できる天賦(素質)を内在している。という意味なのです。

 つまり人間は音楽や芸術に感動する必然性を持った、その素質を持った生き物である。という意味ですね。

 バウハウスの時の校長だったグロピウスだったか、誰かが彼の親友のマルクに「カンディンスキーの精神的なるもの」についてあまり考えすぎるな。

 と言いましたが、私も同感で「精神的なもの」を簡単に言うと「芸術においての
人間の心(こころ)の問題
」と言っていいと思います。

 カンディンスキーの芸術論文の翻訳書は美術出版社から出ているので、ぜひ、1度読んでみてはどうでしょうか?