感動する絵を描くには。 | 札幌在住のパステル画家のブログ

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 絵画には感動する作品と、そうでない作品とがあります。

感動する作品を描く作家は梅原龍三郎、カンディンスキー、ゴッホ、モネ、ボナール、ルソー、ミレー、三岸好太郎、安藤広重、モジリリアーニ、小林孝亘など。

 一方感動しない作品を描くのはピカソ、マティス、シャガール、微妙で作品によりますがセザンヌ、ロートレック、ドガ、池田満寿夫、安井曾太郎、横山大観。

 「感動する絵を描こうと、梅原やカンディンスキーの表現様式を研究し応用」してみましたが、どうやっても上手くいかなかったです。

 結局、何事かに詩情や感動を受け、それをより良く十分に表現しようとする事で「感動する作品」が描けます。
 感動は仏教で言う般若(パーンニャ)の知恵として空気のようにそこらへんに漂っています。

 花の蜜をすう蝶であったり、子供を育てるクマゲラであったり、雪の中から顔を出す福寿草であったり、星の砂であったりです。

 結局、感動する作品を描くのはテクニックや技法で無く「感動する心」、感受性であり、またそれだけでもないと言えると思います。
 
というのは例えば梅原が友人お画家と富士山を描いていたら友人の画家が「富士は難しい。」というと「な~~に、簡単さ。点々を描けばいいなんだ。」と答えたといいます。つまり、頭で計算して描くのではなく眼で見観て感動して、それを十分に表現しようと手を動かすだけだというわけです。

 それだけでないというのは、梅原が「桜島(青)」で65歳で一気に才能が開花して名作を連作していくのに、日本がの絵の具、顔彩を油絵具の油で練り(恐らくリンシードでしょう)、次にポリビニール系の接着剤を水で溶いて膠の代わりに使い(これをデトランプと本人は言っていたようで膠で溶いたものもデトランプと言っていたようです。ホルベイン社に問い合わせて技術担当の人に聴いて知りました。)、最後に膠で溶いて使う。顔彩の使用と同時に間合紙という厚手の鳥の子紙を併行して使用し始める。つまり梅原の代表作のほとんどは日本画なのです。

 彼は油絵具を使用している間は伸びなかった。そういった自分に、民族の血にふさわしい画材と出会い、薄く塗って重ねていくという研究の結果得られた技法が制作の前提として必要になってくる。

 だから、心と物質的、技術的ノウハウの両方が必要となてくるのです。

 そういえば、東京芸大を代表する画家が、村上隆や先住博、加山又造など油画科より日本画科から出てきているのも油彩というのが日本人が画家が思うように伸びていく大きな抵抗になっていると思うのです。

 やはり日本人は紙と水の民族なのでしょう。

 私は顔彩も水干絵の具も使いますが、いろんなん理由からパステルに紙を使っています。

梅原が見抜いたようにパステル画家の絵は「東洋的」です。

 パステルは東洋人、特に日本人に向いた画材だと思います。