アートの見方(1)“なぜ”を考える

 

 アートへの接し方には、様々な手法があります。私はそのひとつとして、アートの“なぜ“を考えてみることを提案します。

 

  世界で最も有名な絵画である「モナ・リザ」を取り上げて、この“なぜ“を考えてみましょう。

 


 

⒈なぜ背景に外の景色が描かれているのか

 

 モナ・リザは肖像画です。前景には女性が描かれ、後景には外の景色が描かれています。

 

 肖像画の多くは依頼によって描かれます。依頼主にとっては、対象者が描かれていれば良く、背景は不要です。肖像画の多くは背景が塗りつぶされていたり、場合によっては衣服さえも塗りつぶされています。画家にとっても省力化できますし、依頼主にとっても短時間で絵が手に入ります。依頼主が欲しいのは顔そのものなのです。また余計な描写を省くことで対象者自身が浮かび上がるというメリットもあります。

 

 もちろん違うものもあります。豪華な衣装や持ち物を精緻に描いた肖像画もあります。それらは依頼主本人の依頼によるものか、対象者の身分や権威を表すためのものでしょう。

 

 また肖像画の多くは室内で描かれるため、仮に背景が描かれるとしても室内が描かれます。それに対してモナ・リザは自然の外の景色が描かれています。

 

 様々な解析から、この絵の両脇にはアーチがあったと言われています。設定としては、外景が望める窓辺の前に佇む女性を描いたということなのでしょう。

 

 その背景の自然はかなり細かく描かれています。水の流れや遠くの橋も見通せるぐらいです。

 

 モナ・リザの面白いところは、これだけ精緻に自然を描きながらも前景の女性を引き立てているところです。試しに後景の自然を消してみると



 

 普通の肖像画です。全体の神秘的な感じは薄れ、リアルにそこにある女性のイメージに近づきました。

 レオナルドはこの絵を死ぬまで手離さなかったといいます。そして死ぬまで手を入れ続けたといいます。実際、この絵の左手には塗り残しがあり、絵としては未完成だそうです。

 

 そこまで手を入れ続けたということは、レオナルド自身よほどこの絵に思い入れがあったということでしょう。そして、その絵が肖像画でありながらも自然の風景が細かく書き込まれているということは、自然描写にも彼自身の強い思い入れ、描きたいという思いがあったと思われます。

 

 そして自然の風景があることで、前景の女性像がさらに引き立てている。そこが、肖像画としても唯一無二である理由に思えます。

 

⒉女性はなぜ正面でも側面でもないのか

 

 昔のエジプトの壁画では、肖像は身体が正面でも顔は横顔でした。コインの肖像画も横顔が描かれています。西洋絵画では、古くは肖像画といえば横顔という時代がありました。

 

 一方、現代の私たちが証明写真を撮る時は正面図です。スマートフォンの顔認識も基本は正面です。

 それに対してモナ・リザは、斜めから見た絵です。姿勢や顔の角度から斜め45度くらいの角度から見た姿になっています。

 

 斜めにする効果とは何でしょうか。正面や側面に比べて立体感は出しやすいといえます。モナ・リザも顔や身体のふくよかさが斜めからだとよくわかります。また正面や側面に比べると、自然でリラックスした雰囲気になります。そこが表情と相まって全体の柔らかな印象を与えています。もしモナ・リザが真正面から見た像であったなら、あの謎の微笑みがあったとしても、ここまで人を惹きつける絵にはならなかったでしょう。モナ・リザを見たときに感じる、惹きつける柔らかな力は、このような角度からも生まれています。

 

 ここではモナ・リザを取り上げました。アートを見るとき、「あーこういうアートなんだなあ」と何となく納得してしまいがちです。そこでちょっと立ち止まって、「なぜ、このアートはこういうアートなんだろう」「なぜ、こういう描き方、作り方をしているだろう」そういう“なぜ“を考えてみることが、アートへの近づき方のひとつになると私は考えています。