広瀬多加代さんはミュージカルに続いて、一人芝居でもヒロシマを演じ続け、コロナが蔓延するまでは被爆手記の朗読会を開いていた。伝えるべきことを伝え続ける彼女の姿に心を打たれる人は多い。

 

今夜もヒロシマ(2002/08/06初出)

 「暑さ厳しき折柄、皆様お変わりございませんでしょうか」と広瀬さんから二年ぶりの案内状が届いた。ミュージカル「白い蝶々は海に舞う」が広島原爆の日の今日、再演される▲高松を拠点に活動する劇団R&Cが広島原爆の悲しみをつづるミュージカルの幕を上げて二十一年になる。友人から「今さら原爆で芝居だなんて。劇団つぶれるよ」と言われながら、主宰の八木亮三さんは作品を書いた▲作品は時とともに変化して四作目。台詞も変わり、何より登場人物が一人消え、二人消えて、今は女優・広瀬多加代の一人ミュージカルになった。その演技が評価されO婦人児童演劇賞を受賞したのは十一年目のことだ▲ただし、それを成功と呼ぶべきかどうかは分からない。登場人物が減ったのは本当に劇団員が減ったからだし、友人の助言通り、商業的には成功とは言えない。しかし、それでも二人は「ヒロシマ」を投げ出さなかった▲いや、投げ出せなかった。米ソの冷戦が終わり、核の恐怖が薄れる中、だからこそ余計に二人は「ヒロシマ」から逃げられなかった。だれかが伝えねば、しかしそれがなぜ私なのかと、二人は何度も自問したに違いない▲砂に水をまくような思いの中で、八木さんは八十歳を迎えた。女優も年をとったが、再び二人が必要とされる時代がきた。途上国が核兵器で対立し、被爆国・日本の政治家が「核兵器保有」に言い及ぶ時代がきてしまった▲あの受賞から十年、たった一人の舞台で女優は今日も原爆で死んだ少女の物語を歌い、踊り、ヒロシマの悲しみを伝える。公演は午後七時から高松市生涯学習センターホールで。