思い出しても思わず笑顔になってしまう珍しい首相だった小渕恵三さん。平時の大宰相と評価されたが病に倒れた。平成の元号額縁を持ってトップに上り詰めた宰相は、ボキャ貧、空っぽ、冷めたピザと来て、トドメがビルの谷間のラーメン屋の自虐ネタが得意だったが卑小な印象は全くなかった。人徳と言っていいだろう。その娘は今、次世代の女性宰相候補の呼び声が高い。これに対して令和の元号おじさんは上目遣いで周囲を睨め回し、何かあるとすぐ脅しをかけるのが評判の人物。その息子は民間放送会社に潜り込んで接待漬けのお膳立てで出世をしたという評判の人物。ビルの谷間の蟻地獄だ。

 

ビルの谷間のラーメン屋(1999/08/02初出)

 小渕恵三内閣が誕生して一年が過ぎた。日本世論調査会の定例全国世論調査によると現在の支持率は五七・二%。「冷めたピザ」とからかわれた内閣発足当時にはだれも予想しなかった高い支持率だろう▲「経済再生」を掲げ、雇用対策、産業再生に取り組む姿勢が評価されたと見るべきだが、実は政権内部にいる人でさえ、「よく分からない」という。気取りのない親しみやすさと忍耐強さが不安の時代には好まれるともいう▲ピザのたとえを持ち出したのは米国人記者だった。それは首相の政治歴の貧弱さを見事に表現していた。竹下派七奉行の一人ではあったが、中では最も印象の薄い人物だった。内閣発足直後の支持率は三一・九%(電話調査)▲ちなみに経済対策の遅れで参院選に惨敗・退陣した橋本竜太郎内閣の発足当時の支持率は六三・〇%とひときわ高かった。政策通でプライドが高く、剛直な印象の強かった前首相に対し、現首相は異様なほどに腰が低い▲しかし支持率は調査を重ねるごとに上がった。昨年九月は二五・〇%、十二月は二九・〇%、三月は三八・七%、五月は五〇・二%、今回七月は五二・七%。野中官房長官でさえ、「少し良すぎる感じもする」ともらした▲支持理由は「ほかに適当な人がいない」が圧倒的に多い。しかし逆から言えば、それは首相候補と目された他の人物への期待の低さを表している。民主党の管直人代表も総裁候補の加藤紘一前幹事長ももはや敵ではないようだ▲選挙区で福田、中曽根両元首相にはさまれた自分を、「ビルの谷間のラーメン屋」と笑い飛ばした精神は今も健在だ。演説下手を「ボキャ貧」と自嘲し、「丸のみ」と批判されても、「おれは空っぽだから」と暖簾に腕押し。その支持率の高さは、逆境に強いタフな精神への期待とも読める。