その摩訶不思議な朝顔たちを一度でも見たら、江戸という時代の不思議な奥行きと広がりに驚くに違いない。人生ってのはこうやって楽しむんだぜ、と教えてくれる花狂いの男たちの知恵と努力の結晶だ。
江戸の変わり咲き朝顔(1998/07/06初出)
夏は朝顔。そのすっきりした姿、そのあっさりした咲きっぷりは、いかにも粋な江戸の花|と思っていたが、そんな朝顔にも世間を驚かせる熱狂時代があったという。一鉢に大枚十両をはたく人もいた▲渡辺好孝著「江戸の変わり咲き朝顔」(平凡社)によるとブームは過去三回あったという。最初は十九世紀初頭の文化・文政、次は幕末の嘉永・安政、三回目は明治。人気の中心は「変化朝顔」と呼ばれる変種だった▲朝顔といえば花の形はロート型、色は青か赤を想像するが、変化朝顔はとても同種とは思えない花だ。たとえば「青渦林風爪龍葉紺青天鵞絨心鳥甲吹詰髭交一文字咲獅子牡丹」。難解な名前はそのまま奇抜な色形の証明▲菊や菖蒲、牡丹にそっくりな花弁。花の中にさらに花が咲く台咲き、糸状に伸びた花弁の先にさらに小花を持つ獅子咲き。色は赤、青、黄、白、紺、紫、灰色、黒。葉は丸葉から松のような針型まで主なものでも三十八種▲花と葉と茎のさまざまな形が組み合わされ、生み出された希少種は数百とも数千ともいう。しかもその多くは実を結ばない一代限りの「出物」。それが余計に人気をあおり、各地の筵会(品評会)で高値を呼んだという▲変化朝顔は爛熟と衰退を繰り返したが、明治になって大輪のアメリカアサガオが輸入されてからは、次第に顧みられなくなり、その姿を知る人はほとんどいなくなった。今では少数の愛好家がわずかに栽培を続けているだけだという▲武士も町人もこぞって朝顔市に出かけ、その一輪に感嘆する|きょうから始まる東京・入谷の朝顔市はそんな時代の名残だ。中国から利尿薬として渡来した朝顔が、日本で特異な園芸種に育ち、やがてアメリカアサガオに主流を奪われる。そんなことを考えながら朝顔をながめている。