古都のジャングルジム(1998/06/23初出)

 格子戸の向こうから友人が傘を手に迎えに出てきた。玄関まで十歩足らずの距離だが、ちゃんと和風の前庭つき。連子窓からもれる明かりにも風情がある。彼はこんな家に住みたくて京都を選んだ▲そんな友人を思い出しながら、見上げたビルはまるで巨大なジャングルジムだった。案の定、腕白たちでにぎわっている。悪名高き京都タワーに次ぐ「近代的な京都の新名所」。京都人はとんでもないことを許したものだ▲昨年夏に完成したJR京都の駅ビルには六年にも及ぶ景観論争があった。市民はもちろん仏教関係者から財界人、文化人を巻き込む大論争は注目を集めた。さすがは京都。しかし結果をみる限り京都人は普通の日本人だった▲「五重の塔より高い建物は許しませんえ」という建設反対派と、経済優先を主張する京都市、JRなど開発論者の激論をくぐり抜けてきたのだから、千数百年の歴史に立ち向かえるだけの造形を期待されても仕方がないだろう▲しかし目の前にあるのは評判通りの「巨大な壁」。驚きながら近づくとそれはやがて巨大なジャングルジムにも見えてくる。それが世界的な古都が大騒ぎして建設するほどの建物だったとはとても思えない。もう高さ制限違反以前の問題だろう▲巨大な遊具のような構造物を見上げながら、同じように見上げたイタリア・フィレンツェのサンタマリア大聖堂を思い出した。花の都と呼ばれたその街は今も十五世紀の美しさを保って世界中から観光客を集めている▲それは建築の素材が木か石かという耐久性の問題ではない。法律違反かどうかという問題でもない。古いか新しいかという問題でもない。建物を建築家と施主のものとしか考えない常識。それがB29の爆撃さえ逃れた古都を壊すのだろう。雪見障子の家は愛されていないのだろうか。