わんこシェアリング(1999/06/16初出)

 岩手に行ってきました|と話すとみんなそろって、「わんこそば食べたか?」と聞く。きっと香川から帰った人も「うどん、どうだった?」と聞かれるのだろう。もちろん、わんこだけが岩手じゃない▲宮沢賢治の故郷だし石川啄木もここ。国語辞典の金田一京助さんも、「銭形平次捕物控」の野村胡堂さんも岩手出身。柳田国男の「遠野物語」も舞台は岩手。五千円札の肖像になった教育者新渡戸稲造も盛岡の人だった▲こう並べると詩人と民話とわんこの、のんびり岩手に聞こえてしまうが、日本で最初の政党内閣首相・原敬を筆頭に明治以降の政界を席巻した政治家群も目を引く。鈴木善幸元首相も自由党党首小沢一郎さんも岩手県出身▲その対照的な人物像は県としては日本一という広さが生み出すバラエティーだろうか。その総面積一万五千平方キロは四国四県を合わせた広さに匹敵し、日本一小さな香川は岩手の八分の一以下の広さしかないという▲あまり広すぎるので岩手では五つの地域に分けて考えるらしい。県都・盛岡のある北部、花巻・遠野などの中央部、水沢・平泉などの南部と、陸中海岸の南部、北部。それぞれ気候風土が違うから、まとめる行政にはひと苦労ある▲日本一大きな県と日本一小さな香川の間に共通項を探すのは大変だが、そのいたるところに「わんこそば」の看板がある風景は香川の讃岐うどんにそっくりだから、「麺」なら縁組できるかもしれない。ただし、その実態はずいぶん対照的だ▲讃岐うどんは香川の生活必需品だが、わんこそばは観光産業。セルフが売り物のうどんに対し、わんこは一人では食べられない。たすき掛けのお姉さんに「どっこい、よいさ」と次々に一口分のそばをお椀に入れてもらいながら、「これもワークシェアリングかな」と思った。