写真の村、吾北村(1997/06/03初出)
明るい土曜の午後、高知県吾川郡の吾北村を訪ねた。映画「絵の中のぼくの村」の舞台になった村。「少年のころ以来、絶えて見ることのなかった美しい川」(東陽一監督)があるという▲国道194号線で村に入ると「写真文化宣言の村」の横断幕が目に入る。知らずに通りかかった人は首をかしげる。なぜ「写真」なのか。著名作家の出身地なのだろうか、と勝手に納得して通り過ぎる人もいる▲実際、前に通った時はそう思ってしまった。豊かな森と水の美しさを誇る山あいの村で、過疎に悩む人口三千九百人の村で、多くの村民がカメラ片手に村のすべてを記録し、それを「財産」にする試みがあるとは知らなかった▲どれくらい本気なのかは、村の中央公民館に行けばすぐ分かる。「ごほく村民写真展」には村民四百五十六人が出品した作品千三百三十四枚の写真が展示されている。「写真文化の村」が宣言されたのは昨年五月のことだ▲世界でただ一つの宣言は、同県春野町出身の絵本作家田島征三さんに贈られた村のPR冊子から生まれた。田島さんのエッセイの映画化を考えていた東監督が話を聞いて村に来た。監督はその川の美しさを「絶えて見ることのなかった」と表現した▲村民あげての協力で完成した映画は昨年二月、ベルリン映画祭で銀熊賞(準グランプリ)を受けた。珍しい映画作りも国際的評価も村民を驚かせ喜ばせたが、一番の驚きと喜びは映画に収められた村の美しさだったという▲その自然に魅せられて移住してきた写真家が協力して宣言をまとめた。自分たちの手で美しい村を記録すると決めた。吾北には日本一のヤブツバキも四国一の程野の滝もある。しかし本当の宝はカメラを手にふるさとを撮り続ける村民自身だろう。