知事の涙(2000/06/01初出)

 知事はきっと心外だろう。豊島住民も記者も議会も県民もみんな落涙した知事に驚いた。議会で豊島問題での謝罪を表明した知事は一瞬、言葉を詰まらせた。県民はその本心を知りたがっている▲昨日の議会で知事は解決に向け、豊島住民と県民への謝罪と陳謝を表明した。その議案説明の中で県政について、「改めるべきは改め、私と職員が一丸となって」と話した時、感きわまって言葉を失った。涙を見たという人もいた▲二十数年にわたる住民との争い、三百億円もの対策費、そしてかたくなに拒んできた「謝罪」の受け入れ。それを考えれば、いささかの動揺もしない方がむしろ不思議だが、それでも多くの人が知事の反応に驚いた▲その光景は何度もテレビで放映され、さまざまな感興を呼び起こした。「真意を感じた」と素直に喜んだ人、「(謝罪の)悔し涙」と見た人、「パフォーマンス」と評した人。「難問解決の大舞台に酔った」という人もいた▲職員でさえ驚いたのだから無理もないだろう。これまでの県の対応はいつも被害住民の神経を逆なでするものだった。今回の議案でも住民会議のリーダー石井亨県議を「利害関係人」として、議場から退席させて平然|それがいつもの作法だった▲しかしその瞬間の知事は違っていた。解決に最も必要なのは金ではなく信頼だが、豊島事件にはそれが皆無だった。これまでの知事は「元中央官僚」でしかなかった。ステンレス製の椅子のように滑らかで味気ない肩書▲真の政治家とは常に全住民の幸福に心を砕く過酷な職業である。と同時に、ただ一粒の涙で人々の心を結ぶこともできる幸福な職業でもある。言葉を失った知事はこれまでで最も雄弁だった。