そういえば彼も佐賀の人(1999/06/01初出)

 だれかに似ている、いつか聞いた、と思ったが思い出せない。しかしいつかどこかで出会った記憶がある。それにしても「痛快」な「要注意」人物。山下惣一さん、六十三歳。佐賀は吉野ケ里だけじゃない▲福岡で開かれたマスコミの会合で山下さんの講演を聞いた。日本の農業に関心を持つ人には特に知名の人。農民作家として評価の高い作品をいくつも出版し、地元佐賀では「身土不二」を掲げ、地域自給の運動を進めている▲講演は冒頭から要注意だった。「百姓やって四十六年目」と切り出した。困ったことに新聞では「百姓」は「特に気をつけるべき用語」として「農民」と言い換えるのが通例だ。その自縄自縛をからかうように講演は最後まで「百姓」だった▲その「百姓」の主張はどれも痛烈で、どれも筋が通っていた。「農業が滅んでも百姓は困らない。困るのは消費者だ」「農業は金にはならないが、百姓が貧しい訳じゃない」。知ったかぶりの新聞報道にも痛撃を加えた▲しかし一番の衝撃は山下さんが主張し、展開する地域自給運動だろう。「農業は楽しい。売りさえせんかったら、こんなに楽しい仕事はない。それなら売らんかったらいい」と、地域で採れた作物を地域で消費する「地産地消」を打ち出した▲身土不二とは、人の体と大地は一体という仏教思想から出発し、土地の作物を食べる明治の食養道運動のスローガンになった。これも「地域自給」と言い換えれば何でもないが、その思想は革命的だ。そこでは農水省にも農協にも存在理由はない▲「食うためじゃない。土地を守り、家を守るために農業をやっている」。その言葉に全国に青年団運動を広めた戦前の政治家・田沢義鋪の言葉が重なった。「故郷に錦を飾らず、故郷を錦で飾れ」。そういえば田沢も佐賀の人だ。