10年ひと昔だから20年前にストックオプションを知る人が少なかったのは驚くほどのことではない。成功努力へのカンフル剤としての効果はてきめんだが、特効薬は同時に毒薬。その後20年の間に起きた経済事件にストックオプションの毒は行き渡っていた。株価操作、帳簿改ざん、会計操作、脱税、詐欺、偽造。ありとあらゆる悪事がここで広まった。企業役員たちはまるで無知な羊が草原を食い尽くすように企業収益を食い尽くし、株主たちは賞賛した。カタストロフィーの予感が漂い始めたところへ、突然のコロナ騒ぎで金融崩壊は先延ばしされたが、いつかは終わりが始まると喧伝する人たちがもう現れ始めた。

 

ストックオプションの毒(1997/05/20初出)

 まずその早業に驚いた。たいがいの法律作りは大騒ぎの末というのが日本の常識だが、今回は四月末に議員提案してわずか半月という超スピード。ストックオプションって一体、何?▲野村証券の不祥事の最中に日本の企業が根本から変わるような商法改正案が成立した。ストックオプション。ストックは株券、オプションは選択権つき取引。まだ載ってない用語辞典もあるくらいだが、米国では一般的な成功報酬の仕組み▲企業の役員や社員が自社の株をあらかじめ決めた価格で買い取れる権利を指す。経営に成功して株価が上がれば、その差額が特別報酬。優秀な人材を確保し、やる気を引き出すための方法とされてきた▲米国では一九五〇年代に導入され、今では八割近くの企業が採用。昨年の米大企業三百六十五社のトップの平均報酬が約七億三千万円(一ドル‖百二十五円換算)と前年の五割増になったのも株価急上昇とストックオプションの影響という▲ちなみに全米一位の報酬は約百二十九億円。日米経営者の報酬格差は以前から物議をかもしてきたが、ここまでくると息をのむ。これが年功序列と信賞必罰の差なのだが、あまりの数字に米国では見直しの声もある▲なるほど興味深い制度だが、あまりに性急だから怪しむ人も多かった。首相の金融ビッグバン政策の一つとはいえ、衆院はわずか一日、参院も委員会審議は二日だけ、施行は来月と聞けばだれでも驚く▲株価の上下が自分の報酬にかかわるとなれば、不利な情報を隠す経営者も出てくるだろう。あの野村でさえ、あの有様の日本では、カンフル剤が毒薬になり、経営者ばかりか総会屋まで元気になりそうな心配もある。いっそ政治家や官僚の報酬もストックオプション制ならいいのに。