これは本当に嫌な出来事だった。事件だったと言ってもいい。

 

天声を騙る人(2000/05/15初出)

 小渕前首相が亡くなった。突然の不調で倒れてから四十三日間、こん睡状態のままだった。その最後の言葉が今、改めて注目されている。現内閣の正当性を疑う声は今も国会にわだかまって消えない▲治療専念と家族の了解を理由に病状についての発表を拒んでいた医師団がようやく昨夜、口を開いた。担当医は「返事はできる状態」だっただろうと推定したが、首相臨時代理指名についての疑惑はますます深まった▲青木官房長官が説明したほどの長い会話ができたかどうかについて、担当医は明らかな「疑念」を表した。前首相は「有珠山噴火の心配もある。何かあれば万事よろしく頼む」と青木長官に後を託したことになっていた▲その言葉は、まるで中世ヨーロッパの王権神授説のように、青木長官の首相臨時代理就任と内閣解散手続の正当性を保証する神の言葉となった。しかし医師団の推定は「あのような(長い)文章はちょっと難しい」だった▲今さら詮索しても仕方がないという意見はある意味では正しい。もし前首相が意思を伝えることなく、こん睡に陥ったとしても結果は同じだっただろう。しかしだからといって首相の言葉を捏造することは正当化できない▲「結果よければすべてよし」という政治手法は国民の前から真実を隠す悪例を生み、結果として多くの不祥事を引き起こした。結果は悪かったというしかない。現在の消費不況の背景に政治と国民の相互不信があることは言うまでもないだろう▲現政権を誕生させた人々が首相の言葉を捏造したとすれば、それは国民不信そのものであり、彼らに「天声」をかたる詐欺師を批判する資格はない。その国民不信こそが国民の政治不信を引き起こす。政治に命を燃やし尽くした前首相のためにも真実が語られるべきだろう。