ネットで検索してみたら山本さんはいまも徳島でテンペラを描き続けているらしい。いつかまた作品が見てみたい。
テンペラの人(1997/04/29初出)
その画廊には別の用事で出掛けた。地下に下りると一目でそれとわかるテンペラ画が十数枚かけてあった。懐かしい色。女主人と話している間も作者が気になった。山本吉男さんだった▲三日後、再び高松市丸亀町の宮武画廊を訪れた。一度目と同じくらい駆け足だったが、今度は話を聞けた。山本さんは四十六歳、徳島県脇町の人。油絵を描いていたが、十年ほど前からテンペラを手掛けているという▲テンペラは西欧ルネサンスを代表する伝統技法だ。漆喰壁に水で溶いた絵の具で描くフレスコ画に対し、顔料をつなぎ剤などで混ぜる技法の総称。卵黄を使う卵テンペラが有名だが、山本さんは卵でなく魚の膠を湯煎して使う▲フレスコほどではないが、油絵に比べればテンペラはやたらに手間がかかる。まず板に石膏で地塗りして基盤材を作る。絵の具はすぐ乾くから少量ずつ作る。色は混ぜられない。細筆の先端だけで描く。とにかく大変▲だから十六世紀に油絵技法が完成した後は次第に姿を消したが、今もイタリアにはテンペラを教える学校があり、山本さんもフィレンツェで学んだ。数は少ないが、世界ではワイエス、日本でも東京芸大の田口安男さんら著名作家もいる▲しかしなぜ今、テンペラか。山本さんの答えは「何となく好き」。基盤から額縁、絵の具もすべて自作という面倒な作業の必要性を説明するには単純すぎる答えだが、人が人生で何かを選ぶのは、案外そんなものだろう▲フィレンツェの思い出を聞きながら絵の裏側も見せてもらった。どれも高価な素材ではないが、しっかりした丁寧な作り。それはそのまま画家とその目指すものを示している。アイデア芸術の全盛。そんな時代のテンペラ復活。それは芸術家の仕事にふさわしい。