この島の男はよく泣く(1998/04/20初出)

 この島には今でも本気で泣く男がたくさん住んでいる。屈強な海の男が、果てしない闘いに不屈の闘志をたぎらせる男たちが、この島では実によく泣く。故郷のために涙を流す。涙が豊島を支えている▲島の産廃問題をきっかけに地球環境を考えようと訴える「アースデーかがわin豊島」が開かれた。ことしは昨年の二倍の約千人が参加した。豊島住民会議、豊島は私たちの問題ネットワークなど多くの団体が協力した▲催しの一つ、住民との交流会は熱っぽかった。大阪から来た参加者のひとりは「二十三年にも及ぶ反対運動の息の長さに驚いた。理由は?」と尋ねた。島育ちのフェリー船長、矢麦貞雄さん(52)がひとつ間を置いて答えた▲「みんなの心に平和だったころの島の姿があるからだと思う」。戸惑いもなく、淡々とした声だったが、目には涙があふれていた。赤銅色のほおに涙が伝う。あふれ出る涙をぬぐいながら矢麦さんは、しっかりと答えた▲島に行くたびにこんな涙に出合う。産廃への怒りの涙、行政に裏切られた悔し涙。しかしそれだけではない。泣いてましたね? と尋ねたら、「はい、子供のころを思い出して…それにこんなに多くの人が応援してくれて…」▲ありがとう、と思ったら涙になった。その心は実に複雑だ。被害を訴えれば訴えるほど「産廃の島」になる。しかし史上最悪の産廃を隠したままでは、島に未来はない。島を愛する男たちはみんな、そんな思いに身を引き裂かれ続けてきた▲悲しみから逃げ出さず、故郷を守り抜く男たちがこの島にはいる。五十一万トンの産廃に立ち向かう男たちがいる。島の女はそんな男たちを心から愛しているはずだ。本物の男の涙。産廃を持ち込んだ役所にこんな男が何人いるだろう。故郷のために泣けない男に、だれが負けるものか