無電気歌舞伎(1999/04/09初出)

 こんぴら歌舞伎の幕開きで舞台が三十分間停電した。普通の劇場なら大騒ぎだが、何しろそこは日本最古の芝居小屋。本来、電気に頼らない設計だから大丈夫。自然光だけの舞台は演出にも見えたという▲今から十五年前、金丸座復活のこけら落としでも電気を使わない演目が上演された。「再桜遇清水(さいかいざくらみそめのきよみず)」は江戸の亡霊版ストーカー物語。この時も三階の明かり窓が雰囲気を盛り上げた▲歌舞伎は十七世紀初めに出雲大社の巫女・阿国の念仏踊りが源流だという。最初は芝居小屋といっても能舞台のように半野外だったが、わずか百年で現在の専用劇場に近い形式を整えたのだから、人気の高さもしのばれる▲十八世紀半ば、八代将軍吉宗のころの絵には、昨日の金丸座と同じに三階の障子窓で光を調節していた様子が描かれている。引き幕、花道、棧敷という歌舞伎劇場の形式はすでに二百五十年も前に完成した。しかし照明は自然光▲当然ながら上演は真っ昼間。それでも押し合いへし合いだったというから江戸庶民は働きバチではなかった。阿国のころ、英国ロンドンではシェークスピアのグローブ座が誕生した。その舞台も大変な人気を集めた▲数年前にテムズ河畔の同じ場所にグローブ座が復元された。ここも半野外。訪れたのは夏だったが、小雨まじりの薄日の中で冷たい川風に震えてばかりいた。電気を一切使わない舞台にも驚いたが、当時の観客の忍耐力と想像力にはもっと驚いた▲今回の停電の原因はまだ分からない。出し物が怪談「真景累ケ淵」だから、というヨタ話もあるが、「原因不明」という方が怪談より怖い。何はともあれ国の重要文化財。くれぐれもご用心。これを機会に、グローブ座にならって無電気時代の再現公演も検討してはどうだろう。