心優しいか科学の子アトムを生んだ日本は、世界史の中で唯一、世界最強の武力を自己放棄して鎖国のうちに300年の平和を生み出した国だ。なぜ日本は植民地政策を放棄したのか、なぜ日本は世界最強の武力を放棄したのか、なぜ日本は19世紀の終わりに4千万人もの巨大人口を維持できたのか、そんな日本がなぜ明治になって突然、軍事大国化したのか、なぜを重ねていくと日本と日本人の本当の姿が浮かび上がる。豊かさより貧しさを分け合う心がアトムの母なのだ。

 

アトムの国(2003/04/07初出)

 きょう二〇〇三年四月七日は鉄腕アトムの誕生日である。故手塚治虫さんが一九五二(昭和二十七)年に連載を始めたSF漫画の中でアトムは「心優しい科学の子」として生まれた▲漫画が描かれた時代の日本は、太平洋戦争の悲惨から経済発展へと急転換しつつあった。その発展のバネになったのが朝鮮戦争による特需であったことも恐れ悲しむべき事実として忘れられない▲手塚さんが半世紀先の未来、つまり今日のこの日に生まれるべきロボットに、ギリシャ語で「原子」を意味する「アトム」と名付けたのは、それに由来する原子爆弾(アトミック・ボム)の悲惨を下敷きにしてのことだ▲人間の未来を切り開く幸福の道具であるべき「科学」が、輝かしいはずの未来を凍りつかせる兵器にまず最初に応用されるという、悲しむべき歴史を何としても変えたいと願う気持ちからだろう▲弓、刀、火薬。武器はいつも時代の最先端から生まれ、いつも人間はそれを兵器に応用してきた。今、ハイテク兵器でイラクの首都バグダッドを攻める米軍もその典型にすぎない。次は兵士のロボット化が望まれている▲最強の兵器を手にした人々は、その呪縛に陥り、滅びるまで戦い続けることを歴史は教えている。ただ一つの例外は|十七世紀に世界最強の軍事力を放棄して鎖国した江戸の日本である|と多くの歴史家が指摘している▲弓、刀、鉄砲、大砲。どれをとっても最強とみられた日本は植民地政策を放棄し、すべての武力を人間修養の「道」に高め、貧しさを分けあった。そんな国に生まれたこと、そんな国が生んだアトムを心から誇らしく思う。