客家の人(1997/02/21初出)
トウ小平さんが亡くなった。現代中国史に故毛沢東主席と並び称せられるほどの業績を残した。小柄な体、大きな声。明るさと厳しさを併せ持つ明解な指導者。彼は客家の人だった▲客家は漢民族の支族だが、「中国のユダヤ」と呼ばれる。もとは黄河中流域に住んでいたが、五世紀にモンゴルの圧力から逃れて移動を始め、千数百年間に五度も南に大移動した▲現在は広東、福建、江西の三省を結ぶ三角地帯に多く住み、今も独自の伝統、宗教、生活、言語を保って、他の漢民族とは区別されている。客家の「客」はよそから来た人という意味▲人口は推定六千万人。少数民族ではないが、古代の支配階層であったことを今も語り継ぐほど誇り高く、常に独自の団結を守り通したため、移住先の住民と融和せず、それゆえ迫害された▲その歴史は、紀元前にエジプトを追われ、モーゼに導かれてパレスチナに移ったユダヤの歴史と重なってみえる。「独立心」「家名尊重」「教育熱心」「進取の気性」。共通点は少なくない▲彼は毛主席の右腕だった。しかし革命後の二人は決定的に違った。経済でもあくまで理想主義を貫こうとする毛主席に彼は反対した。そして三度の失脚、三度の復活。最大の師が最大の敵だった▲毛主席は最後まで「理想に人民を従わせ」ようとしたのに対し、彼は「人民の中に理想を探そう」としたのだろうか。彼は「黄色い猫でも黒い猫でも」と四川省の諺を引き、白猫黒猫論争が起きた▲革命家と為政者。その放物線はやがて大きくかけ離れた。どんな理想にも時代にふさわしい手法があると教えたのは客家の歴史だろう。太平天国の洪秀全、中華民国の孫文、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クアンユー。みな客家の人だという。