平成龍馬の自殺(1998/02/20初出)

 また一人、男が政界の魔にのみ込まれた。かつては政界再編を訴え、政治浄化を訴えた人物だった。「平成の坂本竜馬」と呼ばれた改革派の旗手だった。彼は不正蓄財の疑いをかけられたまま死を選んだ▲新井将敬議員の自殺に驚いている。潔癖さか、逃避か、スケープゴートにされたことへの抗議か。ともかく彼は戦後十五人目の国会議員の逮捕者であるより、疑獄捜査で自殺した初めての国会議員になることを選んだ▲テレビや雑誌、著書などで知る彼の個性は多くの大衆を引きつけていた。よどみなく、さわやかな弁舌。明解な論旨。明るい笑顔。清潔な容姿も人気だった。挫折を知らぬエリートと見られたが、本当は転身の人だった▲彼は在日韓国人として大阪に生まれ、十六歳で日本国籍を取った。履歴に見える最初の転身。東大では学園闘争をきっかけに理科からマルクス経済に転身。卒業後は新日鉄マンから大蔵官僚、ついで政治家へと転身を続けた▲政界でも転身を続けた。自民党から自由党、そして新進党結党に加わり、最後は再び自民党に再転身した。その歩みの最初から彼はぬかるみの中にいた。疑惑の株取引はちょうど政界転身のころに始まっていたという▲著書「エロチックな政治」などの言葉を信じれば、社会の不正や不公平に疑問を抱いた優秀な若者が、その改革を願って政界を目指すなかで、なぜ悪魔と契約を結んだのかは分からない。彼は二つの矛盾する人格を使い分ける困難な人生を選んだ▲その死は、ある種の美学の結果かもしれない。評論家の立花隆さんは「少なくとも恥を知っていたのでしょう」とテレビでコメントした。証券疑惑の捜査線上には六百人もの灰色の男や女たちが浮かんでいるという。今はその死を残る六百人の防波堤にしない捜査を期待するしかない。