カタログを見るのが好きだ。
楽器屋を始める前から好きだった。
凄いドラムセットに凄いドラマー。
いつか俺もこんな風になりたいと思った。
このメーカーの、いやこっちの、
「あの娘とあの娘に告られたらどっちと付き合う」
みたいに盛り上がったものだ。
だからそれが1つの目標だったのだ。
カタログに載るドラマーにはなったがまだ自分のセットと一緒に紹介されてはいない。
目標の1つとしよう。
楽器店を始めてからは仕事としてカタログを見るようになる。幸せな事だ。
そしてここからが本題だが、
彫金や木工などの工具カタログ!
これはある意味、ドラえもんやキテレツに通づるワクワクの塊である。
小学校教育に「カタログの読み方」を入れて欲しい。
これ程に人の感性を刺激する書籍があるだろうか?
いや無い!
いやあった。
これに匹敵する物は小学生時の登下校の道端に、これ見よがしに打ち捨てられたエロ本だろう。
これ程に小学生の心を、いや魂を!揺さぶる物は無い。
しかし時代は進み紙媒体も少なくなった。
この魂を揺さぶられるような体験をする機会が減ったと言っても過言では無い。
話を戻そう。
音楽の機材と工具には圧倒的に違う事が1つある。
それは「効果」である。
どう言う事か。
一部の例外的な使い方を除けば、
例えば、
「とても良く切れる電動ノコギリ」があるとしよう。
これは素人が切っても玄人が切っても切れ味は変わらない。多少の語弊はあるが。
玄人だと石まで切れる!とかない。
兎に角切れるのだ。
しかし楽器と言う物は難しい。
100万円の機材を使っても素人ではどうにもならない。効果がないのだ。
逆に玄人なら1万円の楽器でも音楽を作れる。
どちらにも共通する事は玄人の方が性能をより発揮出来る事だ。
私が工具が好きな所はそんな所にある。
良い道具を使った方が明らかに作った物も良くなるのだ。
あとはそれをどう使うか、自分の熟練度をどう上げるか、それのみである。
楽器は熟練度に依存しすぎる。
しかし電動工具の効果は熟練度に依存しない。プラス補正があるだけである。
カタログもPDFの時代だ。
ネットでポチっと買える時代。
私の工具の85%は地元の「梅津鋸商店」で購入させて頂いている。
工具の話を聞かせてくれるだけでなく使い方から修理まで流石工具屋さんだ。
何か欲しい道具があれば梅津鋸商店に連絡して欲しい。
そんな梅津鋸商店の社長梅津さんとも音楽で知り合った。
音楽から彫金や木工が仕事の一環になった。
人との繋がり無くして私の作品は生まれないのだ。
私の作った物がいつか誰かの魂を揺さぶるように精進していく。
そうあの打ち捨てられたエロ本のように。
読んでくれてありがとう。