演奏の最大の楽しみはなんと言っても本番です。

そして、本番に付き物といえば、あのなんともいえない緊張感。


この緊張感が心地良いという人も言えば、この緊張感が苦しいという人、さらには、前の日の晩から食事がのどを通らないという人もいます。

この差は何なのでしょうか。


緊張とは心と体、即ち、脳と筋肉が、これから起こることに対し、あらかじめ備えようとする働きであり、自覚のあるなしに関わらず、全ての人に起こることなのです。

緊張状態にあるとき、脳は普段以上に活性化され、身体機能も高まります。心臓の鼓動が速くなるのも、汗をかきやすくなるのもこのためです。


この緊張に対する反応は人それぞれですが、結果から考えると、この緊張がプラスの効果を生み出す場合と、マイナスの効果を生み出す場合との2つの場合があります。

例えば、緊張によって集中力が普段以上に発揮される場合もあれば、逆に緊張によって集中力が乱される場合もあります。

この違いは何によって生じるのでしょうか。


それを考える上で、まずは緊張が何によって生じるかということを見ていきたいと思いますが、前述したとおり緊張は、これから起こることに対して、あらかじめ備えておこうとする働きであります。

「これから起こること」とは、言い換えれば、数分後、数時間後などの、きわめて近い未来のことであり、今現在、目の前でおきていることではありません。

人は、現在、目の前で起こっていることに対しては、視覚や聴覚などの五感を使って知ることができますが、これらによって未来を知ることはできません。

私たちが未来を知ることのできる唯一の手段は想像です。意識的にせよ無意識にせよ、私たちの脳は常に何かを考え、何かを想像しています。

過去に得た経験や知識、現在の状況、予定や計画といった情報を基に、想像力を使い予想することによって、これから起こることを知ることができるのです。

つまり、緊張とは自らが予想した、想像上の姿に対しての反応であるといえます


そして、この想像力の使い方がプラスの緊張を生むか、マイナスの緊張を生むかの分かれ道になります。

人間の思考と行動原理には二種類あります。

喜びや満足を得ようとすることと、苦痛や損失から逃れようとすることの二種類です

これから起こることに対しプラスの想像力を発揮したとしましょう。

このとき、私たちの頭に浮かぶことは、例えば、狙い通りの演奏が決まった姿や、それによって最高の演奏ができた姿。たくさんのお客さんが喜んでいる姿。自分の演奏が高い評価を得ている姿。鳴り止まない拍手に包まれている姿。アンサンブルであれば、仲間たちからの信頼を得ている姿。場合によっては、賞を受賞している姿など。

想像しただけでも楽しくなった来ますね。

このとき私たちの思考は喜びや満足を得ようとする方向に向かっています。そのため、脳はそれを実現しようとし、意識、無意識の両分野で、周囲に対するアンテナをより強力に、より緻密に張り巡らせ、周囲の状況を的確に捉え、自分の持つ知識や経験やを最大限に引き出そうとし、こうして得た情報をより的確に処理し、より的確に行動しようとします。

それによって、集中力や注意力、または判断力や決断力といった演奏に関する能力を充分に発揮させ、結果的に良い演奏つながり、さらにそのことが、演奏者の気分を高揚させ、その高揚感は客席にも伝わり、会場を包む熱気となったとき、名演、熱演と呼ばれる感動的な演奏が誕生します。


では、逆の場合を見てみましょう。

マイナスの想像力が働いてしまった時、どうなるかということです。

こうしたとき私たちが考えてしまうことは、例えば、自分が狙ったとおりに演奏できなかったらどうしよう。演奏に失敗したらどうしよう。音をはずしたらどうしよう。ミスしたらどうしよう。望む評価や結果が得られなかったらどうしよう。アンサンブルであれば、自分のせいで他の人の足を引っ張ったらどうしよう。それによって、あとで何か言われたらどうしよう。

書くだけでも嫌になってきますが、このようにマイナスの想像力は、マイナスの姿を想像させます。

こうした姿を想像するだけで苦痛を感じてしまいます。刻一刻と迫る本番に対し、逃れる術は、演奏を放棄して失踪することだけですが、これは、おそらく不可能な選択肢でしょう。

そうなると、脳はこの逃げ場のない苦痛から逃れるため、他の事を考えようとしたり、考えることそのものを止めようとしたりします。

本番前に普段考えもしないような余計な事を考えたり、頭の中が真っ白になってしまうのはこのためです。

こうした余計な考えや心配事は、集中力や注意力をかき乱します。それによって、普段うまくいっているところがうまくいかなかったり、普段はしないようなミスをしたりという現象が生まれます。そうした失敗が、さらに余計な考えや心配事を生み、それによってさらに集中力を乱し、さらなる失敗を再生産します。こうした繰り返しの中で演奏者の気持ちもあきらめに向かい、その気持ちは客席を冷め切ったものにしてしまいます。


緊張を活かすか、それに負けるかは、まさに想像力の使い方ひとつなのです。

プラスの想像はプラスの緊張を生みプラスに結果をもたらします。

マイナスの想像はマイナスの緊張を生み、マイナスの結果をもたらします。

緊張を味方に付けることができれば、その力は計り知れません。そして、それを左右するのは想像力をいかにコントロールするかにかかっているのです。



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 ピアノ、声楽、弦楽器、管楽器、打楽器。またあるいは、ソロ、デュオから、フルオーケストラまで。音楽には様々な形態があり、またその分野も様々に広がっていますが、共通していえることは、そこで行われる演奏という行為は、体の各部分の働きが複雑に絡み合う全身運動であるということです。

 そして、その体全身の働きを、より良い演奏と音楽表現に向けて統括しているのが、私たちの脳なのです。


 私自身も、今日まで十数年以上、管楽器に携わってきましたので、管楽器を例に見てみましょう。


 演奏中、私たちは楽譜の中から、音符という記号の形を識別し、拍数に関する情報を得、同時に、音符の五線上の位置を認識し、そこから音程に関する情報を得ます。
 そして、それらの情報を基に、自分が発するべき音とリズムをイメージし、さらに、それを再現するのに必要な運動を、それまでの体験によって得た記憶の中から判断し、指の動きや、唇を中心とした筋肉の動き、呼吸に関する一連の動き等を指示しています。

 奏法に関する指示や、発想記号などがあれば、それを読み取り、その意味を解釈し、その意図を再現しようとしますし、楽譜を記憶している状態では、これらの動きと同時に、発すべき音やリズムを記憶の中から読み込む作業もこなしています。
 場合によっては、指揮者の行動や他の奏者の出す音などを認識し、それに応じて、音を低めにとる、音量を変化させるなど、演奏上、自分がとるべき行動を判断し、その判断を実行するため、更なる指示を下します。その中で、音楽や演奏に関する様々な感情や想いも同時に処理しています。
 ざっと見ただけでも、これだけのことを私たちの脳は一瞬のうちにこなしています。さらに細かく見ていけば、もっと多くのプロセスが発見されるでしょう。

 ですが、これらの作業を一瞬のうちに、全て意識的に判断し、処理し、指示する事はできません。
実は、私たちの脳はこうした作業を意識と無意識、二つの分野で処理しているのです。

 無意識は、下意識や潜在意識など様々な呼ばれ方をしますが、ここでは統一して無意識と呼称します。
 この、意識と無意識の関係は、パソコンの構造と非常によく似ています。
パソコンの場合、様々な情報がディスプレイ上に表示されていますが、実際には、ディスプレイに表示された情報の何倍もの情報が、コンピュータの中では処理されてます。
 私たちはディスプレイに表示された情報に対し、マウスやキーボード、その他様々な方法を使って操作を行い、その操作の結果が、改めてディスプレイに表示されます。この、操作から表示までの間には、コンピュータの内部では多くの過程が処理されているのです。
 
 これと同じことが人間の脳の中でも行われています。ディスプレイ上で処理されている情報が私たちの意識であり、その内部で処理されている部分が無意識、または潜在意識と呼ばれる部分なのです。
 そして、演奏という行為の中で行われる判断や行動のほとんどが無意識の中で処理されているのです。

 特に、管楽器の場合、同じ楽器を手にしても、発する音は人それぞれですが、ブレスのとり方や筋肉の使い方など、良い音を出すための条件がそろえば、よい音が出ます。
 自然に良い音を発することのできる人は、良い音を出す条件を無意識の内に再現しているので、意識せずとも良い音を出すことができます。それによって演奏中、この奏者の意識はそのほかの様々なことに気を配ることができるようになります。言葉を変えれば、余裕が生まれるといっても良いでしょう。もちろんこのことは管楽器以外においても同じことが当てはまります。
 
 この意識と無意識の働きを理解することは、演奏という高度な全身運動をより効率的に処理し、音楽表現力と演奏技術力を高める上で強力な武器となるのです。
 


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